雲雀短編

□それはたまらなく長い時間
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「………余生ってまだ早くないですか?」


思ったままを口にすると、
彼は年だけ考えればねとまた笑った。



「けど人はいつ死ぬかわからないんだし、後悔しないように出来るだけ君と一緒にいたいと思うんだよ」



いつ死ぬかわからない、
なんてことないような口調で言われたその一言に、
言いようの知れない不安がバチンと音を立てて破裂した気がした。



「し、死ぬみたいなこと言わないでください!」

「僕は死なないよ、強いからね」



不安が一気にそこから溢れ出してきて、
私はまた子供みたいに叫んだけれど、
彼は変わらず落ち着いたままだった。

死ぬだなんてそんなの、そんなの!!

言葉にならない胸の苦しさが瞳の奥を熱くさせる。
いつ死ぬかわからないとか、
後悔しないようにとか、
あなたに似つかわしくないそんなこと言われたら、
死を感じるような危険な事態になっているんじゃないかって、
絶対にあり得て欲しくないことを想像してしまうじゃない。



「……じゃあなんでそんな…」



言葉の端が涙で途切れて、
泣いてしまった自分に慌てて涙を袖で拭った。
少し驚いたような顔をして私の膝の上から頭を持ち上げた彼が、
寄り添うように肩をくっつけてそっと親指で涙を掬う。
温かな手が頬に触れて、
今まで私の手を握っていたその手を今度は私がギュッと握り締めた。



「わからないのかい?」

「……わからないよ…」




「結婚して欲しいって言ったつもりなんだけど」




それはあまりに突然のプロポーズで、
私はそれが求婚の言葉だと理解するのに結構な時間を要した。
こんな時に何を言い出すのかと、
私にはさっきまでの会話との繋がりがまるでわからない。
死の危険を伴うことをするんじゃないのかと、
何か私に隠しているんじゃないのかと、
問いただしたいことはたくさんあるのに涙が邪魔をして声が出ない。
いくら止めようとしても流れ続ける涙をせき止めようとギュッと目を綴じたけれど、
涙の粒が途切れるだけで何の役にも立たなかった。
それって嬉し涙?と聞かれても、
首を横に振るしかできなくて、
ワォ、じゃあ断られたってこと?と聞き直す困ったような声にも、
首を横に振るしかできなかった。

途端、
グイと肩を引き寄せられて、
彼の胸になだれ込むような格好で抱き締められた。
真っ黒な着流しに涙が染み込んでいく。



「僕は死ぬなんて言ってないよ、
これから先の時間は君のために使いたいって言っただけだよ」



優しく私を抱く彼の腕。
たまらなく、温かい。
不安なんてただの気のせいだったのかと思えるくらい、温かい。

私は何に怯えているんだろう。

彼が誰よりも強くて、
そんな弱々しい遺言みたいなことを言うような人じゃないってことくらい、
誰よりも知っていたはずなのに。
帰ってこないなんて、
そんなこと、あるわけないのに。


これ以上無いってくらい、
嬉しい言葉をもらってるのに。




「……余生じゃなく…未来とか言ってくれなきゃわかりませんよ……」



最早嬉し涙なのかなんなのか、
どうして泣いているのか自分でもわからなくて、
それでも涙は止まってくれなくて、
私はただしゃくり上げて子供みたいに泣いた。
よしよしと、
宥めるみたいに彼の手が頭を撫でてくれる。
彼は本当に、
優しい人だ。



「じゃあ、
帰ってきたら、これから先の君の未来を僕にちょうだい?」




世界中で一番、幸せにしてあげる






プロポーズは星空の下で指輪と一緒に、
なんて子供の頃からの夢が崩れてく。
どうしてあなたは、
こんなにも私を泣かせることばかり言うんだろう。
笑顔で“はい”と応えたいのに、
こんなタイミングでそんなことを言われたって気の利いた言葉を返すことすらできない。



「……帰ってきたそばからまた行って帰ってくる話ですか?
そんなだめです!帰って来てからちゃんと言ってください!」



強がってしまう私をどうか許して。
こんなぐちゃぐちゃな気持ちのままじゃ、
嫌なんだ。

ちゃんと帰ってきて、
不安なんて気持ちが一ミリもなくなったら、
きっと素直になれるから。

不束者ですがどうぞよろしくお願いします、
なんて難しくて咬まずには言い切れないかもしれない言葉を練習しておかなきゃなと、
泣き顔を押し付けた彼の胸の中で思った。





「わかったよ、
じゃあ少しだけ、待っていてね」






そう言った彼の声が、
優しく笑っていたように聞こえた。







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