雲雀短編

□退屈と、非平凡
2ページ/4ページ





「こんな時間にこんな所で何してるんだい?」



振り返ってみれば、
真っ黒な学ランを翻して給水タンクの上から飛び降りてきたのは、
噂によく聞く、



悪名高い雲雀恭弥その人だった。



遠巻きに見たことは何度かあったけど、
こんな風に向かい合って視線を交えたのは初めて。


暖かな気候の中にいても、
背中にゾクリと悪寒が走り抜けるほどに冷たい瞳。


その華奢な体からは想像も出来ないような力で学校や病院、
果てには並盛町の全てをも支配していると言っても過言ではない並中最強にして、
最悪な風紀委員長。



なんて友達が言っていたのを思い出した。



だけどサラリとした黒髪を風に弄ばさせて歩み寄って来る姿を見る限り、
氷のように笑う人だなと思いはしたけれど、
恐怖なんて言葉は少しも思い浮かばなかった。



ただ思うのは、



とても綺麗。



それだけだった。






「ねぇ、聞こえてる?」

「へっ…あ…スミマセン……い、今教室に戻ります……」



どれほどその姿に見とれていたのか、
気が付けば彼を染め上げる黒に、
視界の大半を奪われていた。

判別できるのは、
黒髪と白い肌と、
それからグレーの瞳。


そんな一部分しか確認できなかったのは、
それだけ彼が近くにいたから。


風に乗ってフワリと香る男性らしい香りに、
思わず後退りすると、
逃がさないとでも言うように熱をもったフェンスが行くてを阻んだ。


迫り来る黒と、
壮大に広がる空の青に挟まれて、

その瞳に捉えられて、

身動きなんて出来るわけがなかった。


ほっぺたを膨らましてたキャンディが、
喉の奥へと落ちそうになって嗚咽すらしたけど、
その瞳からは目が逸らせなくて、
むせかえるのを無理やりに抑え込む。




「質問に答えなよ、
僕はこんなところで何してるのって聞いてるんだよ」


「え…えと……あの……」



言いようの知れない威圧感に、
“雲雀恭弥は気に入らない奴がいると相手が誰だろうと仕込みトンファーでめった撃ちにする”
そんな噂が脳裏を掠めて息を呑んだ。


ちらりと視線をその手に送ってみたけれど、
今のところ異常はない。


だけど退屈でサボってるなんて正直に言った日には、
噂が本当になってしまうのかもしれない。
そんな風に思わずにはいられないほどの痛い視線に、
唇を噛んでこの冷たい瞳にも通用するような嘘を考えてみたけれど、



「嘘をつこうなんて思わない方がいい、
僕は嘘が嫌いだよ」



そんな思考すら読み取られてしまうんだから、
もうどう足掻いたって彼から逃れることなんてできないのだと確信した。


再びゴクリと息を呑む。


今頃になって湧き上がってきたこの感じたことのない感覚が、
恐怖なのかどうかもわからない。


ただその存在が寄越すのは、

とてつもない威圧感と、

笑顔に潜む得体のしれない重圧感。



私はとんでもない人に捕まってしまったんだと、

今更になって気がついた。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ