雲雀短編

□それが恋だと気付くまで
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じろりと私を睨み付ける視線に視線がぶつかって、
慌てて目を逸らした。



まずい、
これじゃあまるでやましいことがあるみたいだと、
なんとか平常を保とうにも再び彼を見やる気にはなれない。

あの目は本当に人の寿命を削ってしまうんじゃないかってくらいに、
心底怖い。


なんで寄りによって風紀委員長がこんなところに…
いつも違反者の取り締まりなんかしていてもめったに姿を現したりはしないのに。



遠巻きにしか見たことも感じたこともなかった威圧感に直面して、
今にも押しつぶされて這い蹲らされるような感覚。

私の清々しかった朝はもう、
跡形も無い。






「……ぉお…おはよう…ございます……」



こんなところからは一刻も早く立ち去るに越したことは無いと、
とっさにいつも以上に回転の遅い脳が判断を下す。

重たい脚を精一杯前へと踏み出させて、

恐怖へと頭を下げて、

威圧の横を通り過ぎる。






「………………」


俯いた私の目線からじゃわからないけど、
見られている……ような気もする。

だけどそんなのを気に留めてる余裕すら無くて、
ただただ学校の玄関が恋しくて、
がむしゃらに、
水中でもがくように思い通りにならない恨めしい脚をなんとか進めた。





スッと視界の隅っこから、
黒い学ランが消える。



良かった…
何事も無い平穏な私の朝、
おかえりなさい!



なんて、
軽さを取り戻しかけたはずの空気を感じた瞬間、







「ねぇ、君」




ガッチリと捕まえられた自分の腕に驚くあまり、
まるで視神経を麻痺させられたみたいに目の前は真っ暗になった。



「……………」



今まで以上に重くのしかかってくる空気に雁字搦めにされる、
そんな感覚。


そこに用意されているであろう現実が恐ろしくて、
振り返るのには結構な時間を要した。




やっぱりサヨナラ…
何事も無い私の平穏な朝……





「………はぃ……なんでしょう……?」


やっとの思いで持ち上げた視線の先には、
さっきとなんら変わらない鋭い瞳で私を見下ろす風紀委員長がいた。

不機嫌そうに尖った唇がまた恐ろしくて、
眉が引きつる。

掴まれた腕を解こうともがいてみてもびくともしない。

華奢に見えるのに、
なんて力だろう。





「今、僕に何をしたの?」

「……へ……?」




その唇から発せられる、
これまた不機嫌な声。

何を言ってるのか全然理解できないけれど、
何かしら答えなきゃ咬み殺す、
そう言われてるような気がして緊張に硬化していく頭をなんとか振り絞って考えてみる。



「……えと……朝の…挨拶……ですかね…」

「そうじゃなくて」



心当たりを答えただけなのに、
不機嫌そうな顔は尚も不機嫌に歪んだ。


一体、
私が雲雀さんに何をしたって言うんだろう。

関わりたくなくて、
その視線にも捕まりたくなくて、

ただここから一秒でも早く立ち去りたかった私が、
何をしたって言うんだろう。


なんで私が、

こんなおっかない目に合わなきゃいけないんだろう。



違反取り締まり強化月間なんて横暴を、

ただ恨まずにはいられなかった。






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