雲雀短編

□手を伸ばせばすぐそこに
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彼と言葉を交わすようになって、
いくつかの季節を跨ぎ、

彼と共に過ごす時間が、
1日の大半を占めるようになって、

どれだけの時が経っただろう。


暖かいそよ風が、
舞い散る桜の花びらを掬い降らせる屋上に、



今日も私と彼は居る。




何をするわけでもない、
多くを語るわけでもない。


ただそこで、
同じ時間を過ごすだけ。



今だってそう、
フェンスにもたれて空の青にピンクの水玉を作る花びらを眺める私の足下で、

ゴロンと仰向けに寝転がって本を眺めてる彼とは、
もうだいぶ長いこと言葉を交えていない。


手にしてるそれが何の小説なのかと問うと、
言っても君にはわからないと返されて以来まるで時間が止まっているかのように、
二人の間には沈黙が続いていた。


別にそれがもどかしかったり、
息苦しいと感じたりすることはなかったけれど、

時折ふと、

その低い声が妙に恋しくなったりはする。


そして今が、
まさにそれ。


視線を空から足元の彼へと落とせば、
どれだけ見慣れてもときめくことを忘れない私の胸が小さく跳ねた。


その声が聞きたいがために、
さて、
何を話そうかと頭の中でひとしきり考えるのは、
いつも用もなく呼べば彼が不機嫌に顔を歪ませるから。

それだけで済むならまだしも、
不機嫌さも度を越せば怒りまではいかなくてもギリギリとほっぺたを引っ張ったり、
ゴチンと頭にトンファーを降らせたりするからそうもいかないわけで。


じっと、
風を受けて読書に勤しむ彼を眺める。


春の陽気な気候には見合わない分厚い学ランを背に敷いて、
投げ出して組んだ脚の爪先にはいつもそばにいる黄色のフワフワ。


それは物語を広げてからなんら変わらない姿だったけど、
一つだけ、
不自然なことに気が付いた。



時が止まったみたいな空間の中、
本を持つ手まで微動だにせず、
さっきから頁が捲られていないのだ。


もしかしたらもしかして、
彼の意識はここではなくもうずっと深いところで寝息を立てているんじゃないだろうか?

人一倍の睡眠時間を要する彼なら、
むしろそうである方が自然。


だけど生憎、
この位置からでは本が邪魔してそよぐ黒髪しか見えなくて、
上手く様子を伺えない。


仕方なく四つん這いになって静かに彼に近付くと、
胸の上に立ててある物語が、
呼吸に合わせて静かに上下しているのが見えた。


吹き付ける風の音に紛れて、
そっとその名を呼んでみる。





「………雲雀さん…?」

「ん?」

「…あっ……」



ひょこっと、
眠っているだろうと思い込んでその顔を覗くと、
間髪入れずに返事が返ってきて驚いた。


だけどまぬけな声が漏れたのは、
開いている瞳より先に目に入ってきた意外な物に対してだったと思う。



スッと通った鼻筋に乗せられた、
彼の瞳と世界を隔てる見慣れぬ存在。







「…………雲雀さんて…眼鏡かけたりするんですね」

「…悪い?」

「いや、全然…」




寧ろ素敵。


胸に立てたそれから視線を反らすことなく、
恋しかった彼の声が面倒くさそうに一言返して、
再び辺りは沈黙に支配された。


しれっと、
何事もなかったかのように頁を捲る彼。

さっきまでの静止は一体何だったんだか…


それにしても、
眼鏡だなんて不意打ちはなかなか卑怯だ。


そういう趣味はなかったつもりだけれど、
相手が雲雀さんなら話は別な気がする。

似合う上に、
いつものトゲトゲとした視線がいくらか緩和されている気がして、
物珍しさに心を奪われてただ見つめることしかできなかった。




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