雲雀短編

□手を伸ばせばすぐそこに
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「……何?」


しばらくすると、
案の定、
すましてた彼の顔が不機嫌に歪んだ。


面倒くさそうに眼鏡を額まで上げて、
私を見上げると欠伸を一つついて本を閉じる。


ようやく手にした物語から私へと移り変わってくれたであろう彼の興味に、
彼の視線に、
胸が早鳴る。

与えられるかもしれない痛みに怯える反面、
静まりかけていた心臓が、
熱を持って踊り出す。



「……雲雀さん、眼悪いんですか…?」

「悪くなかったらこんなの必要ないじゃない、
それに……」



言いながら起き上がった彼に合わせて、
ペタンと腰を下ろすと、
真っ直ぐ視線がぶつかった。

涼しげな瞳に、
赤い顔の自分が映っていているのが見える。

真っ赤なほっぺたには、
春風に弄ばれてボサボサにかき乱された髪の毛がまとわりついている。

とっさに手櫛でそれを解かして、
いくらかましになった姿で彼を見直せば、
みっともないねとでも言いたげにクスリと微笑む笑顔が、
たまらなく私を舞い上がらせたけど、

そんな表情で吐き出すなんて想像も出来ないような意地の悪い台詞は、
無駄に上気していた気分を簡単に谷底へと突き落とした。



「君の顔もよく見えていないから、
そばにいるのが君でもいいと思えるんじゃない」





「………………それってどういう意味ですかっ?」

「そのままの意味だけど?」

「……確かに可愛くはないと思いますけど…それは言い過ぎです!」



拗ねたようにそう言い返すと、
彼はクツクツと肩を揺らして笑った。


別にこんなことを言われるのはもう日常茶飯事で、
傷付いたりなんてことはない。



数時間ぶりの会話はムードも何もあったものじゃないことにはがっかりだけど、


その声が聞けるだけで、

その視線が私に向くだけで、


私の心は満たされる。



それは、
不器用で素っ気ないあなたと同じ時間を過ごす為に働く環境適応能力の産物なんだと思う。


相手にされなければされないで、
人はたくましくなれるものだ。




「じゃあちゃんとよく見せなよ、
自慢のその顔」

「なっ………」



とは言ったものの、
そんな毎日に慣れきっていたせいか、
不意打ちでズイとその端正な顔で迫られたこの近距離は今の私には心臓に悪い。

とても悪い。


額に額が触れそうで、

鼻に鼻がぶつかりそう。

長い睫毛がゆっくりとまばたきする度に、
フワリと風がそよいで、
透き通った人形みたいに綺麗な瞳が、
たじろぐ私を鮮明に映し出す。

少しでもそんな体に悪い状況から逃れようと無意識に後ろへ体を逸らしてついていた手が、
降り積もる桜の花びらを掴んだ。






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