雲雀短編

□蝙蝠傘の下で雨を乞う
1ページ/3ページ





6月なんて嫌い。



雨なんて大っっっ嫌いだ!!






せわしなく降り続けている梅雨時の雨の中に咲く真っ黒な一花、
蝙蝠傘の下。

並んで歩く無愛想極まりない表情の黒づくめの男、
雲雀恭弥を横目に見て腹の底からそう叫んだ。



もちろん、
心の中でだ。



なにが悲しくてこんな男と一つの傘を共有しなきゃいけないのか。
学校を出てから早十数分、
私の頭の中には後悔以外何も浮かんではいなかった。


















いつもより長引いた委員会を終えて、
いち早く帰宅したくて駆けてった生徒玄関の先で私に通せんぼしたのは、
天気予報を見事に外させた土砂降りの雨だった。
朝のニュースでは確か午後の降水確率は20パーセント。
0ではないのだから降ってもおかしくはないのだけれど、
梅雨時の中休みみたいに朝から晴れ渡っていた青空を見て傘なんて持ってくる人がいるもんかと、
真っ黒な影を落とした空を恨んだって後の祭り。
走って帰る勇気も湧いてこないほどの土砂降りに溜め息が零れた。

いつもは無造作に傘立てへ刺されたままになっていたはずの忘れ物の傘も、
一本も残されていないところを見れば、
誰にとっても突然の雨だったったんだなと今朝の晴天をまた思い起こさせた。


「……困ったな…どうしよう……」


自然と零れ落ちる、
二度目の溜め息。

途方に暮れながらも、
仕方無く気紛れな空の気紛れを待つことにしてぺたりと玄関先に座り込んでうなだれていると、


「…………?」


コツコツと、
激しく打つ雨音に紛れて早足で歩く凛とした靴音が耳に入ってきた。


私以外にも残ってる生徒なんてまだいたのかと、
音のする方へと顔を上げる。



瞬間、
もっと遠くで鳴っていたと思っていた靴音はうるさいくらいの雨音に溶かされて遠く聞こえていただけだったと気が付いた。







「君、こんなところで何してるの?」




目の前には、
綺麗に磨かれた革靴。

真っ黒な制服を辿ってその持ち主を見上げてみれば、


(………げっ!!)


言わずもがな、

それが雲雀恭弥だった。





「雨宿り?もしかしてこのまま学校に泊まるつもりなの?」



確かに、
雨は止む気配どころか弱まる気配すらないけれど、
そんなつもりは毛頭無い。
なんて意見も、
突然のことに驚く私の口から出てくるわけもなく、
それどころかキッと睨み見下ろされて、
腰が抜けかけた。



“雲雀恭弥は気に入らない奴がいると仕込みトンファーでめった打ち”
そんな噂は聞いていたけれど、
その目に留まるような落ち度なんてないはずの自分には、
平穏な中学生活中関わることはまずないだろうと高を括っていたその人の視界に納められ、
且つ鬼のような瞳に睨み付けられているんだから、
腰ぐらいぬかしたっておかしくはない。

放課後いつまでも残って雨宿りなんかしてるのはめった打ちの対象になるのだろうか、
もしかしたら目の前にいるというだけで私の存在自体すら対象になってしまうなんて理不尽なこともあるのだろうか。

そんな方向にしか思考がいかないのは、
それほどの威圧感がそこにいるだけで私の五感全てを支配していくような恐ろしい感覚を覚えたからだと思う。

恐怖に硬直しながら見下ろす瞳をただひたすらに見上げ返すしかできない沈黙は、
時間にすればほんの数秒だったんだろうけど、
まるで終わりなんて来ないんじゃないかって思えるくらい長く感じられた。



だけど、
聞かれたことに応える余裕もない私を、
見かねたみたいに開かれた彼の薄い唇が僅かに両端を持ち上げるのと、
唐突に突き出された蝙蝠傘に、




「…もう下校時間過ぎてるよ、
いつまでここにいるつもり?」




威圧感による支配が緩く解かれて、
フッと体の力が抜けた気がした。





次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ