雲雀短編

□蝙蝠傘の下で雨を乞う
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つまりは、
遠回しだけれど、
傘を貸してあげるから早く帰りなさい、
って意味だと解釈して間違いはないんだと思う。

なんだ、
顔は怖いけど実は優しい人じゃないかと、
軽い安堵が胸を宥めた。

噂は一人歩きする、
なんて良く言うけれど、
まさにこの人はそれだったりするんじゃないのかな。

確かに視線はおっかなかったけれど、
だからこそあらぬ噂が立ち上ったってだけなのかもしれない。



「…ありがとうございます」



なんていう自己解釈で気持ちを静めて立ち上がり、
差し出された傘を受け取ろうと手を伸ばすと、
スルリとそれをすり抜けた傘を飄々と開きながら背を向けて歩き始めた彼。



「……え?…あのっ……」



なにこれ、
からかわれてるの?私。



「早くしなよ」



振り返ることなく呟くその後ろ姿をジッと見つめて、


(………え?)


気が付いた。


落ちてくる雨粒をはじく真っ黒な蝙蝠傘の下、
彼の左半分がぽっかりと空けられている。


まさか、
まさかね。


有り得ないようなことが脳裏をよぎって首をフルフルと左右に振ったけれど、



「……そんなに濡れて帰りたいなら好きにすればいいけど」



ちらりとこちらに視線を寄越した彼は、
明らかに私にその“有り得ないようなこと”を勧めているのだとわかって息を呑んだ。


だってそれは、
俗に言う、

相合い傘ってやつ。


どうして今さっき始めて会話したような私と(それも一方的に彼が一人で)、

そんな雨なんていう壁に囲まれた密室に、

よりにもよって並盛最強の不良なんて言われてるあなたと二人きりに?


首を縦に振る理由が見当たる気配はない。


だってそんなの変だし、
いくら噂がただの噂かもなんて思えたとしてもやっぱりまだ恐怖が全て拭い切れたわけではないし、

第一初めての相合い傘は好きな人とするって小さい時から決め……



「さっさとしなよ、
待つの、嫌いなんだけど」

「…は、はぃ!!」



有無を言わさぬ低く響くその声と、
最初見たのと同じ鋭い瞳に睨まれて、
身の危険を感じたらしい体は意識を置いてけぼりにして勝手に駆け出していた。



好きにすればいいって言っていたわりに、
選択肢は初めから一つしか用意されていなかったんじゃない。
でも強引だけど要は親切心で誘ってくれているんだろうし、
やっぱりいい人…でもあるのかな?


何ににせよ、
あの目力が持つ力は強大だ。



本当に、
優しいんだか怖いだけなのか、

よく分からない人。





バシャバシャと幾つかの水溜まりを蹴飛ばして、
鞄をかざして雨を跳ね返し、
彼の待つ真っ黒な蝙蝠傘をくぐると、

「遅いよ」

と一喝されたけど、


初めて間近で見るその端正な顔立ちには、

少しだけ胸が鳴った。


恐ろしい瞳しか見てなかったから気付かなかったけど、

微かにでもそうやって口元を緩めるだけで、
別人みたいに優しく見えるんだ。

そうか、
だからさっきも一瞬優しく……


「……何?じろじろ見ないでよ気持ち悪い」

「え…あ……すみません…」


指摘されて、
見とれていたことに気が付いて顔が熱くなった。


何やってるんだ私。

赤面するなんて何事だ。

これは嫌々…

そうめった打ちにされたくなくて仕方無く従ってこうしてるだけなんだから。



首を横に振りながら、
些細なことにも簡単に掻き乱されてしまう平常心を必死になって手繰り寄せる。

それでも、
この状況下では感じたことのない胸の早鳴りが治まるってことはないらしい。


静まれ、
静まれ!


ギュッと胸元を握りしめる。


こんな強引な相合い傘なんてカウントにも入れないし、
明日にはすっかり忘れて何もかも元通り!

やっぱり初めての相合い傘は好きな人とじゃなきゃ、

絶対駄目なんだ!



なんて自分に言い聞かせながら、
彼と二人歩き始めた帰り道。



道のりはまだまだ長い。






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