雲雀短編

□君が居なきゃ、貴方が居なきゃ
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雲雀さんと初めて喧嘩した。

理由は冷静になれた今になって考えてみれば本当にくだらないもの。

毎日帰りが遅いだの、
無断で外泊することが多いだの、
どれも彼の仕事のことを考えれば至極当たり前のことなのに、
彼の性格を知っていれば浮気なんてありえるわけがないのに、
それでも信じられなくなっていたのはきっと、
たまらない寂しさのせいだったんだと思う。

2日ぶりに帰ってきた彼に当たり散らすように暴言を吐くだけ吐いて、
『ごめんね』という彼には似つかわしくない言葉をどこかで期待していた私を目の前に、
馬鹿じゃないのと言わんばかりに吐き出されたため息は、
半分ヤケになっていた私を屋敷から飛び出させるのには十分な起爆剤だった。

きっと追いかけてきてくれるはず、
なんて浅はかな考えのために途中幾度となく住み慣れた並森の街を駆け抜けながら振り返ってみたけれど、
私の通り抜けて来た数十メートルは冷たいアスファルトがシンと静寂を纏ったまま私の足音だけを吸い込み、
吹き抜ける秋風に軽く乱れた孤独な呼吸すらも呑み込まれて、
漂う虚しさに自然と脚が止まった。

立ち止まってみて、
初めていつの間にか移り変わっていた季節を肌寒さで感じて体を抱く。
そういえば外に出るのなんて、
いつ以来だっただろう。

毎日毎日、
早朝に屋敷を出て深夜に戻る彼に焦がれて地下の中庭を眺めながら時間を過ごし、
時には戻って来ない彼を思って不安に胸を煮やす。

あなたがいなければ、
外に出る理由すら見つけ出せない私は、
もうどれだけの間あなたと並んでこの道を歩いていないんだろう。

最後にあなたと見たピンクの花びらが絨毯みたいに地面を染めたその中心に佇んでいた桜の木には、
確かまだ葉の緑の欠片すら見つけられなかった。
今はもう、
冷たい外気に晒されてその葉一枚をつなぎ止めることも出来ずに剥き出しにされた細い枝は、
冬を待って縮こまっているように見える。

1つの季節を何も感じないままに跨いでしまった私は、
それだけの長い時間の中、
どれくらい彼と一緒に過ごせてたのかな?

ポタリと、
まばたきと同時に瞳の縁で視界を滲ませていた水滴がほっぺたを滑り落ちて、
慌てて押し当てた袖にそれを吸わせた。
けど、
拭っても拭っても止まらない水玉は、
隙間をぬってまた頬を濡らす。


もう屋敷には戻れないのかな、

──中学生の頃みたいにいつも一緒にいたいなんて叶わないのかな?


なんて思えば、
涙が辛さを代弁したみたいに止まらなくなっていく。

あの頃なら、
授業が始まるからと教室に戻ろうとする私を『そばにいなよ』と強引なキスで引き留めてたあなたは、
私を置いてどんどん大人になってしまって、
もう迎えにすら来てくれない。


しゃがみ込んで嗚咽に混じる情けない声を押し込めるように小さくなって膝を抱えると、
秋風を受けた素足が熱い瞳に冷たかった。






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