雲雀短編

□君が居なきゃ、貴方が居なきゃ
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並森は、
静かな街だ。


住宅街を抜けた先、
小高い場所にある彼の屋敷の上に立つ並森神社の辺りは特に人気が少ないから、
車だってめったに通らない。

たまに通るのは多分、
彼を後部座席に乗せて草壁さんが運転する今は出す必要のない一台だけ。

だからかな、
来るわけがないと思っていたこの場所に、
丸まって動かない私のすぐそばに、
いつの間にか滑るように走ってきた黒塗りの高級車が横付けされているのに気が付いたのは、
運転席に座る相手に聞き慣れた低い声を掛けられた後だった。




「そんな所で、ひかれたいの?」



その冷たい台詞に、
縮こまらせていた体がピクリと跳ねる。

涙でぐしゃぐしゃになっていた顔も忘れて見上げれば、
相変わらずの無愛想が、
涼しい瞳で私を見下ろしていた。


「…ひ…雲雀さん……」


震える声を振り絞って名前を呼べば、
呆れたようなため息が返事の代わりに返ってくる。
それはたまらなく私を息苦しくさせる反応だったけれど、
逆にまたたまらない彼らしさの象徴でもあって、
一挙に込み上げてくる感情がそのどちらに反応したものなのかはわからなかった。



「君にしては随分早く走れてたからどこまで遠くへ行ってるのかと思えば、
この程度?」



車出して損した、
なんて付け加えたその言葉に、
迎えに来てくれたと喜んでもいいのかな?
立ち上がって恐る恐る歩み寄れば、
私をじっと見つめる彼の瞳が、
少しだけ柔らかく緩んだ気がした。

心配してくれたんだと、
喜んでもいいのかな?



「あの……雲雀さん…私……」

「早く乗りなよ、そんな顔誰かに見られたらみっともないじゃない」



ごめんなさいと言いかけたところでそう促されて、
人なんて来ないだろうとは思ったけれど、
こんなことめったにしてはくれない彼の気がいつ変わるか知れないと、
慌てて助手席のドアを開けて革張りのシートへと飛び込んだ。

バタンとドアを閉めれば、
車内には外の寒さが嘘だったみたいに暖められた内気に彼の匂いが溶け込んでいて、
心地よい安心感を得た反面、
密室となった空間に湧き上がってくる気恥ずかしさと嬉しさでほっぺたは急激に熱くなった。



「車、せっかく出したんだし、少し走ろうか」

「…え…ぁ………はい……」



心なしか優し気に聞こえる声がそう呟いて、
シートベルトをするより先に車が走り出す。

静か過ぎるくらい静かなエンジン音に、
車内の静けさが際立って感じられて気まずさが車のスピードと一緒に加速していく。

たまにしか乗らないこの車は、
いつもなら草壁さんが運転していて、
後部座席で彼と並んで座る私が騒がしく話をしていたから、
今までこれほど静かな高性能車だなんて知らなかった。

静けさを好むあなたは、
うるさいなんて言いながらも、
いつも私の話の相手をしていてくれたから、
私はうれしくて会えないでいた間のつまらない話を時間が許す限りしてしまう。

そんな他愛ない時間さえも、
最近は随分過ごしていないなと気が付いてまた、
高揚しかけていた胸が痛くなった。

彼の言う“少し”が終われば、
寂しい時間に逆戻り。

たまに会って、
少しだけ一緒に過ごして、
再びあなたは長い仕事へと出掛けていく。
寂しいなんて想いをさっきみたいにムチャクチャにぶつけて、
こうして何事もなかったみたいに僅かな時間が過ぎていって、
何事もなかったみたいに離れ離れになる。なんていうのをこれから何度繰り返すのかな?
何度、繰り返せるのかな?

いつか、
全てが終わってしまう、

そんな考えたくもないような未来が想像できて、
再び視界が涙で霞んだ。

車を走らせてから、
会話はない。

涙なんか見られてまだ泣いてるなんて呆れられたくなくて、
彼から顔を背けるみたいに外を見やれば、
いつしか辺りは少しだけ賑やかな街中にまで来ていた。

手を繋いで仲良さげに肩を寄せて歩く恋人達がやたらと目に付く。

もし、
雲雀さんがマフィアなんていまだに私にはちゃんと理解できていないものになっていなければ、
あんな風にとはいわないけれど、
人並みに幸せになれたのかな?
あの頃みたいなままで
いられたのかな?

なんて見当違いなところすら恨めしく思えてしまう私は、
いつか彼の重荷になってしまうのかもしれない。
否、
もうなっているのかもしれない。

だとしたら私は、
どうしたらいいんだろう。
応えなんかわかっているのに、
無意識にそれをどうにか避けようとしてるのはきっと、

どうあってもやっぱりあなたが好きだからなんだろうね。





「……ねぇ」



不意に私を呼ぶ声にビクリと肩を震わせて振り返れば、
彼の視線は正面を向いたままで、
少し胸を撫で下ろした。






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