雲雀短編

□愛は君より出でて空より深し
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毎日毎日何度咬み殺しても懲りない馬鹿な草食動物達を片付けて、
漸く訪れた穏やかな昼下がり。

屋上で寝そべって、
静かに吹き抜ける風を受けながら、
見上げた空の海を泳ぐ雲を眺めるのは、
たまらなく心地良い。

さほど大きくはない並森の街には背の高い建物も少なくて、
屋上から見える空を邪魔するものは何もない。
多分ここが一番の特等席。


一面に広がる青。

どこまでも深い青。


そんなのを眺めてると、
まるで鬱陶しい草食動物全てが消え去って、
広い世界に1人きり、
なんて理想的な錯覚すら覚える。



本当に、
そんな世界になればいいのに。



それはきっと、
鳥の羽ばたきすら鮮明に聞こえるほど静かで、
苛立ちなんて忘れてしまうほど穏やかで、
秩序すら不必要なほど平和で、




たまらなく退屈な世界だろうね。





日差しが誘う眠気に負けて、
今現在も僕を蝕む退屈さに、
欠伸が出た。













「ひーばりさん♪」




そんな退屈を忘れさせる君は、
いつもこうして、
どこからともなくわいてくる。


まるで、



会いたいな



なんて思ってるのを見計らったみたいに。



「……今授業中でしょ?こんなところに何しに来たの」



仰向けで横になる僕と空の間に割って入って、
頭の上で短めなスカートを風の悪戯から死守しながら覗き込むように僕を見下ろす君は、
素直に会えて嬉しいと言えない僕を知ってか知らずか、
怯むことなく変わらず笑顔で。

いつだって強がってしまう自分が酷く恨めしく思えた。




「そんなの会いたくなったからに決まってます!」




静かで穏やかだった空気を震わせるその声は、
耳障りなくらいうるさいのに、
その言葉には、
たまらなく胸が疼く。

そんなのをごまかすみたいに、
風紀委員の目の前で堂々とサボるなんていい度胸だと溜め息混じりに吐き出してみせれば、
今度は緩んでいた頬をムッと膨らませながら唇を尖らせた君が、
しゃがみ込んで距離を縮めて近付いた。

疼いた胸が、
緩く静かに波打つ速度を上げていく。

僕はそんなのを隠すのだけで精一杯、
なんてみっともない胸の内を知ったら君は、
笑うだろうか。

それとも、
喜ぶだろうか。


表情を変えることの無い空を遮断されて、
コロコロと表情の変わる君に視界の全てを支配されると、


ザァと風が抜ける音だけがして、


まるで広い世界に僕と君2人きり、

なんて馬鹿馬鹿しい錯覚まで覚えた。





「私は明日世界が終わっても後悔しないように毎日生きてるんです!
会いたいのに会えないままで死んじゃったら死んでも死にきれませんから!」







得意気な顔がまた、
笑顔に変わって、

僕の目には君しか映らない。

君しか、映したくない。


だってこんなに大好きですからと続ける声は、
日差しよりも暖かくて、

僕の耳には君の声しか聞こえない。

君の声しか、聞きたくない。






世界中に、僕と君、2人きり







本当に、
そんな世界になればいいのに。

僕と君以外の全てが消えてなくなって、

ずっとずっと、

何も考えないで2人きりでいられたら、

少しは素直になれるかな。





「そんな心配いらないよ」

「…え?」





「例え世界が終わるとしても、
君だけは、ちゃんと僕が守ってあげる」






それはきっと、

高鳴る心音すら鮮明に聞こえてしまうほど静かで、

時間なんて忘れてしまうほど穏やかで、

君を抱き締める以外の力なんて不必要なほど平和で、





たまらなく幸せな世界だろうね。









ボッと赤色に変わってく見上げる先にある顔は、
笑えるくらい可愛くて、

僕から一面の青の景色と心を奪った君の、
見下ろす頭を引き寄せて、


空に隠れてキスをした。













あの空すら、
壊れて消えても構わない。
君さえいれば、

僕の世界は回ってられる。


END

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