ファミリー短編

□彼なりのプロポーズ(大人リボ)
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痛い。
痛いなんてものじゃない。

風を切って飛んできた弾丸に打ち抜かれた右腕は、
急激に重たくなって、まるで自分の腕じゃなくなってしまったみたいに、
動かななくなった。

なんで、どうして、こうなったんだっけ。




秀でた力もない私にまかされたのは、
ボンゴレの機密情報に手を出した愚かな3流ファミリーの壊滅。及びボスの殺害。
大した仕事ではなかったはず。
だって私みたいな下っぱにまかせられるような小さな仕事なんだから。
数人の仲間だって一緒。
しくじるわけがない、
失敗なんて有り得ない。
そう、思ってたのに。

私達の突然の襲撃に慌てたそのファミリーのボスは、
アジトにしていた小さなバーの一室から私達が姿を確認するより先に逃げ出し、
裏路地に消えた。
後を追ったのは私。
真っ暗なその路地を、追われる恐怖におののく雄叫びと共に時折発砲される弾丸をかいくぐって、
ただひたすらに走った。
発砲は最小限に、確実に。
あの人に教えられた基本中の基本を忠実に守って。
拳銃は顔横に構えて、隙を待つ。
しばらく走って少し開けた場所に出ると、
相手も私が狙わずに撃てる相手ではないと観念したのか、
少し離れた所で息を荒げて振り向いた。
路地とは違い、ポツリポツリとではあったけど等間隔に設置されている街灯のおかげでいくらか視界はいいけれど、
顔は、目視できない。
ガチャリと音を立てて、今度は狙いを定めて銃を構える。
ジリジリとお互い隙を伺いながら、間合いを詰めて、
一歩、向こうが踏み出した時だ。
街灯が作るぼんやりとした灯りの中に滲み出してきたその影に、
引き金に掛けた指先が、震えた。

目深に被った、真っ黒なボルサリーノ。
細身の真っ黒なスーツ姿。

ただあの人に、
シルエットが似ているだけなのに、
それだけなのに。
引き金を引くのが、躊躇われた。

一瞬の躊躇は、最大の命取り。

ヒュン、と弾丸がサイレンサーを潜り抜ける音は、
私の手にした銃ではなく、
私に向けられていた銃口から鳴った。

恋愛感情なんてこの世界にいる限り邪魔なだけだ、
と言う、私の全てを否定したあの人の格言が脳裏を過ぎる。
そんなの、受け入れたくはなかった。
そうであって欲しくなかった。

けどあの人の言葉は、
いつだって、間違っていないのだ。

この失敗の原因は、
私が抱いてしまったその、
愚かな恋心にある。



痛い、
痛いなんてものじゃない。

気付いた時には、利き腕の上腕が、
撃ち抜かれていた。

握りしめていた拳銃がカシャリと乾いた音を立てて地面に落ちる。
力の無い私が、
唯一身を守れる武器を無くしてしまった今、
間髪入れずに今度は額に押し付けられた銃口から逃れる術はもうない。
分かっている。殺意を持って銃口を向け合った時から、
腕を撃たれただけで済まされるような駆け引きじゃないってことくらい。

呼吸が浅くなる。
体が強張る。

マフィアになると決めた時から、
いつだって死が付きまとうのはわかっていたことだ。

けどそれが、
こんなにも、怖いことだなんて。

ガチャリと銃鉄を親指で引き起こす音がして、
反射的にビクリと肩が震えた。

死ぬ。
こんな三流マフィアの手で、
ちっぽけではあったけど、あの人と出会えて悪くはないと思えてた私の人生が、
終わらされる。

こんな結末。
あの人は、怒るかな?
それとも、呆れてしまうかな?

馬鹿にするように私を見下して、
銃口を額にこすりつける相手を恐怖を悟られないように睨み付けた。
こうして見れば、
似ている部分なんて何一つありはしない。
恋は盲目。
昔の人間は上手いことを言ったものだなと胸の奥で自嘲的な笑いがこみ上げた。

目深に帽子を被っていつも人の心を見透かしたように笑う、あの人。
私に恋心を教えて、
映画でしか知らなかったマフィアなんてものの世界に飛び込ませた、
愛おしい人。

死ぬのが怖いんじゃない、
あの人に、もう会えなくなるのが怖いんだ。

上司と部下という関係から一歩も進展しなくても、
見下されて罵られてばかりでも、
それでもあの人のそばにいたかった。

それだけで、幸せだと思えてた。

もっと、ずっと、
ずっとそばに、
居たかったのに。











パンッ、と、
私の頭を撃ち抜く銃声が、
覚悟と一緒に綴じた瞳の向こうで鳴った。






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