ファミリー短編

□彼なりのプロポーズ(大人リボ)
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思っていたより、痛くない。
というより、何も感じない。
即死って、こういうものなのか。
さっき撃たれた腕の方が、
よっぽど痛い。
あの人にもう会えないと泣く胸の方が、
ずっと痛い。

痛い、
痛い。
痛いなんてものじゃない。

心臓の奥にある形の無い臓器を握り潰されてしましまったみたいに苦しい。


閉じた瞳の端から、
涙が零れ落ちた。

会いたい、
会いたいよ、リボーン。





なんて、
死んだにしてはやたらとはっきりしていた意識の中であの人に想いを馳せた時だ。

人間の中枢である脳を撃ち抜かれて、
もう働かなくなっているはずの聴覚が、
すぐそばでドサリと重たいものが地面に落ちる音を拾った。
反射的にピクリと反応した瞼も、どうやらまだ開いてくれるらしい。




「……へ…?」


僅かに開けた視界に、
今の今まで嫌みな笑いを浮かべて私に銃口を押し付けていた敵対マフィアのボスの男が、
こめかみから血を流して倒れている姿が飛び込んできて、
私は虚ろだった目を見開いた。

何が起きて、
どうなったの?
これは死んだ後の夢なのか。
はたまた使いものにはならないけれど僅かながらに持ち得ていると言われたインディゴの炎が死に際に見せた幻覚なのか。
呆然としていると、
この状況の全てを理解させる黒い人影がコツコツと凛とした靴音を立てて近づいて来た。


「こんな奴に手こずるなんてまだまだお前もあまちゃんだな」

「リ、リボーン…どう、して…ここに、」


目の前で息絶えた男を打ったであろう小銃を内ポケットにしまいながら私を見下ろしているのは、
別件で動いていたはずの、
こんなところになんかいるわけがない、
死を感じた時に自然と脳裏をよぎった、
あの人。

もう会えなくなるのが、
怖くて怖くてたまらなかった、
愛おしい人。

二度と、会えないと思ったあなたが、
今、目の前にいる。

夢じゃない、
幻覚じゃない。
そう、知らしめるように、
撃ち抜かれた腕がドクドクと痛んで、
胸はギュウと締め付けられた。


「あっちが思いの他早く済んだからな、
様子見にきてみりゃーこの様だ、世話ねぇな」

「ごめ、なさい…ごめんなさい……」


安堵と喜びに思わず緩みかけた頬を一喝するように、
彼は鋭い視線で私を見下ろし、睨む。

再会できた喜びに、浸ってる隙はない。
当然だ、彼にしてみれば役立たずな部下に手間をかけさせられただけ。
優しい言葉を掛けられないのも分かってる。
これはヒットマンとして最大の失敗だもの。

嬉しいのは、私だけ。

そう思っていても、
溢れ出す涙はどうしても止められなかった。

だって、
命の危機を感じるまでは当たり前のことのように思っていたあなたを身近で瞳に映す一瞬が、
まるで奇跡みたいに、嬉しいの。



「助けてやったってのに、何泣いてやがんだ……………腕、やられたのか?」

「っっう、………」


嗚咽混じりに泣きじゃくる私に構うことなく跪いて近付いてきた彼に、
負傷した腕を遠慮も無くぐいと引き寄せられて、
その痛みに思わずくぐもった声が漏れた。
そんな私を、
俯いていてもボルサリーノで隠された鋭い瞳が射抜いているのが分かる。

その下に覗く彼の薄い唇は私の失態に呆れたように真一に結ばれていて。
途端に湧き出してきた自らの不甲斐なさと気まずさに、
たまらず視線を逸らした。

嬉しさに、
泣いてる場合なんかじゃない。



「…こいつはもう使いもんになんねーな」

「え……」

「利き腕を失っちまえば、ヒットマンはもう務まらねぇ。おめぇみてーな能無しならなおのことな。…潮時だ」

「…そ、そんな!!私、まだやれます!!怪我だって治ればまた…」

「だからお前は甘ちゃんだって言ってんだ、
商売道具の一つも守れねーでいっちょまえなことぬかしてんじゃねーぞ」

「…っ、」


予想だにしていなかった言葉だった。
けど、言い返す言葉も見つけられず、
私はただ唇を噛んで彼を見た。

確かに、
こんな深手を負ってもし神経に傷が付いていたりしたらもう元通りになんて戻らないのかもしれない。
増してや私みたいな能無し。
意のままに動かない腕で現場に出たって、
足手まといになるのは目に見えている。
切り捨てられて、当然だ。

けど、
諦めろと言われて、
簡単に諦められるほど、
私の気持ちも甘くはない。

彼のそばにいられるならと、
全てを捨てて飛び込んだ世界。
仕事とは言え、どんな悪人だって、
殺める瞬間は胸が軋んだ。
それでも、
彼のためならなんだってできた。

これからだって、なんだって出来る。

その気持ちは、
出会った頃から少しも変わってはいない。
例え片腕を失ったって、
あなたのためなら飛び交う弾丸の盾にすらきっとなれる。

そばに、居たい。
ただ、それだけでいいから。

まばたきを忘れてしまった瞳から、
一筋、二筋とまた、
今度は悔しさの涙が頬を伝って乾いたアスファルトを点々と濡らした。




「仕事は今日でお終いだ、
お前ぇは普通の女に戻れ」

「…やだ…や、です……」

「お前ぇみてーな奴にこんな血なまぐせー仕事は端っから向いてねーんだよ、
とっととこんな世界から足洗いやがれ」

「そんな、の…嫌です、私は、まだ…」

「聞こえねーのか、
情けをかけてやってんじゃねぇ、
こいつは命令だぞ」


ピシャリと、
有無を言わさぬ物言いに、
涙に混じった嗚咽を呑み込んだ。
殺気だった瞳に睨み付けられて、
命令が聞けないならここで殺すとでも言われた気がした。


胸が痛い、
痛いなんてものじゃない。

叶わない片思いにひび割れてた心が、
大好きな人の言葉に打ち砕かれていく。


あぁいっそ、
殺してくれたらいいのに。

私は死ぬことより、
あなたのそばにいられなくなるのが怖いんだ。
もういらないと言うのなら、
そばにいられないと言うのなら、
あなたのその手で、
この胸をこの気持ちごと撃ち抜いてくれたらいいのに。

そしたら私は、この苦しさから少しは解放されるのかな?



「…だったら殺してください…あなたの下で働けないなら、普通の人間として生きるくらいなら………」




ただ一点に鋭い瞳を見つめ返してそう言うと、
呆れたように彼は大きな溜め息を吐き出した。
私の腕を捕まえていた手が離れて、
ボルサリーノを深く被り直す。

そして少しの沈黙を置いて、
馬鹿か、と今度は小さく呟かれた。

視線は、見えない。
けどきっと、その瞳は自分の育てた教え子の不甲斐なさにボルサリーノの向こう側で怒りに震えているんだろう。

私は覚悟を決めるように、
まだ動く左手で心臓の辺りを抑えた。

ドクドクと少し早めに脈が打つのは、
死ぬことを覚悟したからじゃない。
きっとあなたに会えなくなる恐怖に、
おののいているからだ。

涙腺が決壊したみたいにまた、
涙が溢れ出してきた。

そばに居たい。
ずっとその背中を追い続けたい。

死後の世界があったらどうする?
あなたのいない世界じゃ、私は。



涙でぼやけた視界の中にある、
彼の真一に結ばれていた薄い唇は、
きっと情けないことを言う私にへの字に歪むのだろう。
思えばあなたの笑顔なんて、
私を蔑んで馬鹿にするように笑う時しかみたことがない。
それでも最後にはいつも、
まぁせいぜい頑張りやがれ、
なんて頭を撫でてくれたから好きでいることがやめられなかった。

あなたが好き。
どうしようもなく。
その手にかけられたとしても、
それでも私はきっと、

あなたを好きでいることをやめられない。

あぁなんて、愚かな恋心。







溢れて止まらない気持ちと一緒に流れて止まらない涙が鬱陶しくて、
ぎゅっと瞼を閉じると、
ポンと、
頭に軽い重みが乗った。
それが彼の手のひらの重さだということを理解するのに、時間は一秒もいらない。
彼がこうする時に吐く言葉は、
いつだってぶっきらぼうながらに優しい言葉。
私は驚いて顔を上げた。

目の前には、
への字に歪むどころか、
ニィと唇の端を釣り上げて笑う、彼。
予想だにしていなかったその表情に、
私は内心首を傾げた。




「殺せるわけねぇだろ、
まだわかんねぇのか?」

「…え?」


彼はニヒルに笑いながら、
だらしなく流れ続けてる私の涙を細長い指先ですくう。
もういらないとまで言い放った人間に、
どうしてそんなに優しくするの?







「いい加減普通の女に戻って、
俺のものになれっつってんだぞ。」





何時まで待たしとくつもりだ、
と付け加えて、
言い終わるのが先か、
唇が重なるのが先か。
ボルサリーノの鍔先がコツンと額にぶつかって、
私はまた、呼吸を忘れた。




「そばに置いときたくてこの世界に引っ張り込んだのは俺だけどな、
いつまでも部下のままで居られたら困んだぞ」



いい加減、黙って俺に守られてやがれ。
ババァんなって死ぬまで、な。







あぁなんて、分かりづらい、

彼なりのプロポーズ

そんなの、
分かるわけない。
けど、愛の言葉一つないあなたのプロポーズは、
どんなに甘い言葉よりずっと鋭く、
私の胸を撃ち抜いた。

痛い、痛い。
痛いなんてものじゃない。
嬉し過ぎて痛む心は、
どんな痛みよりも強く、
けど、たまらなく心地良もいい。



END
好きとか愛してるとか絶対言わない辺りが素敵なリボ様(^w^)
それでもばっちり気持ちは鷲掴んでくれそうです(´Д`*)リボ様も大好きだぁ(≧∇≦)!!
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