*他愛ない君との時間*

□volume:6
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『雲雀さんがチューしてくれますように』


「……………」


『雲雀さんがハグしてくれますように』


「………………」


『雲雀さんとずっと一緒にいられますように』


「………………」


『雲雀さんに好きになってもらえますように』


「…………本当、馬鹿じゃないの…?」

「…えぇ!!」



言うと君の瞳が曇るから、
思っても出来るだけ口にしないようにと心掛けていた言葉が、
無意識に口から滑り落ちた。

だってあまりにも馬鹿馬鹿しいじゃない。

これが願い事?

まさかこんなのをその手いっぱいの紙切れに書き綴っているのかい?


よくもまぁ下手くそな文字だけに留まらず恥ずかしげもなくこんなのを飾り付けられたものだ。

本当に、
君の間抜けさとおかしくて予測不能な奇行に付き合うのには骨が折れるよ。

君のために零した溜め息は、
今ので一体いくつめになるんだろうね。
考えたってきりがない。

けどそれでも君に愛想をつけないのは、
その馬鹿さ加減が僕をちっとも飽きさせないからなのかな。

なんて、
今度は自分自身に対して溜め息が一つ。

どこまでも君に甘い自分がみっともないよ。



「馬鹿ってなんですか!?
好きな人とのことが願い事で何が悪いんですか!?
女の子ってみんなこういうものなんです!?」

「…ふーん」


知らないよ、
君以外の女子になんて興味無い。

けど、
こんなにも欲深いのはきっと君だけなんじゃない?

大体、
その願い事の対象者を目の前にして堂々とこんなことが出来て、
さらには好きな人とのこと、
なんて臆することなく言えるのだって、

きっと君以外どこを探したってみつからないよ。

本当に、

馬鹿で間抜けで、

無神経。



けど、

どうしてだろうね、
そんなおかしな君が、

僕にとっては何よりも大切に思えてしまう。
君の惹かれる部分なんて、
聞かれたって思いつく気もしないっていうのに。





「…ねぇ、あんまり欲張るとどれも叶わなくなるんじゃない?」

「……え?」

「昔からあるじゃない、そういう意味のことわざ、
二頭を追うもの一頭も得ず、とかね」

「え…ど………どうしましょう!…一つになんて絞れませんよ私?!」

「…君って、つくづく馬鹿だよね」

「…な!どうして馬鹿なんですか!?」

「少し考えたら解ることじゃない」

「……へ……?」



グイと沢山の願い事を握り締めてた腕を引き寄せて、
慌てふためく小さな体を胸の中へと納めると、
急上昇したらしい体温が制服越しにも感じられた。

つい今さっきまでうるさく喚き散らしていた君は、
まるで声の出し方を忘れたみたいに黙り込む。
変わりに触れた部分からダイレクトに伝わってくる心音は、
人のそれとは思えないくらいの速度で、
沈黙の中、
僕のは伝わっていないかなと内心少しハラハラした。




「…その願い事、一つ叶えば全部叶ったのと同じことになるんだよ」

「…………ぜ…全部って……」

「だから一つぐらいなら叶えてあげるよ、僕が」


「じゃ……じゃぁこれは…ハグしてくれますようにの……やつ…なんですか?」


「…馬鹿だね、違うよ…」


「わ…わかんないです…頭が多分今…ショートしてて……」



聞いたこともないほど上擦った声がまた笑える。
益々上昇していく体温が熱い。ギュッと僕のシャツを握り締める君の手も、
たまらなく熱い。

けど、
たまらなく可愛いとも思う。


この時期に君みたいな暑苦しいのとどうこうなるのは考えものかな、
なんて頭の片隅で思ったけど、
そんなのより今はただ、


君が欲しいと長いこと伏せてきた唯一の僕の欲に、
素直になってみようかなと、
迷うことなく真っ赤に染まった頬へと手を伸ばした。








「…僕が叶えてあげるのは………───」













そっと奪った、
震える唇。


頭の悪い君に、
僕の言葉の意味が理解できたかどうかはわからない。

けど、
数秒後に出来たほんの僅かな唇の隙間で、


ありがとうございます、
大好きです雲雀さん。


なんて呟いてたから、
伝わったってことにしておこうと思う。


ちゃんとわかったの?なんて追及してる余裕は、
今の僕にはどうにもないらしいからね。


間髪入れずにもう一度重ねた唇の熱さは、
きっと僕がずっと欲しかった君の気持ちと、
僕の気持ち全てを映し出していたんだろうなと、

不甲斐なくも、
跳ねた心臓までも煮えたみたいに熱くなった。



7月の蒸し暑さより熱い、

僕と君。


このまま溶け合ってしまいたいな、
なんて一歩先まで望んでしまう僕も、

なかなかの欲張りらしいね。












『僕が叶えてあげるのは、
好きになってくれますようにってやつだよ』





ほら、
その気持ちさえあれば、
抱き締めるのだって、
キスするのだって、
ずっと一緒にいるのだって、


必然的に叶ってくじゃない。





本当はね
もうずっと前から叶ってたんだよ
その願い








「ありがとうございます!お星様!」

「…願い事叶えてあげたのは僕なんだから僕に感謝しなよ」

「え…いや…だって短冊に書いたから叶ったんじゃないですか♪」

「…………馬鹿じゃないの?」

「馬鹿じゃありません!」

「…馬鹿だよ」

「馬鹿じゃありません!!」

「でもその馬鹿なとこも、
僕は好きだけどね」

「だから馬鹿じゃ…………え?今なんて?」



まぁ、
願いを叶えるきっかけをくれたことくらいには、
感謝してあげてもいいのかもね。



END
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