臆病者の幸福論

□憶測だらけの恋だけど
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だってちっとも構ってくれないじゃない





それが、
あなたを手放すことに決めた口実。
否、
手放されたのは私の方なのかもしれない。


唐突な私の言葉に、
少しの沈黙を置いて返されたのは、

“そう”

なんて干からびた一言だけ。


もういらないなんて言ったのは私のはずなのに、
まるで死刑宣告でもされたみたいに胸に突き刺さる冷えきった声。


すぐさま逸らされた視線は、
どこということもなく空中を漂って、


相変わらずの無感情な表情が溜め息を一つ。




くっつくのには、
あれほどいざこざしながらも、
別れなんてあっという間。


これでおしまい。


目の前にいるのに会話すらない息苦しさとも、

どれだけ傍にいても触れられない寂しさとも、

嫌いじゃないよなんて曖昧な愛情表現のもどかしさとも、


これでサヨナラ。


早く早く、
その鋭い瞳が嫌いになれますように。

全部全部、
なかったことみたいに忘れられますように。


好きなんて煩わしい気持ちが、

消えてくれますように。





突き放したのは私の方。
なのに、
自然とこみ上げてくる熱い水玉を零すのを見られたくなくて背を向ければ、
目の前に広がるのは、
あなたと共有した時間の大半を過ごした応接室の真っ白い壁。

薄っぺらな戸を開け放ってここを抜ければ、
全て元通り。


平凡だった私の毎日との再開。


大丈夫、
時間が、
あなたと出逢うより前に戻る、
ただそれだけのこと。


それだけのこと。







「……ねぇ」



引き戸に手をかけた私を、
引き寄せるみたいに呼び止めた低い声。

振り返る勇気はない。



「僕は楽しかったよ、
君といられて」



振り返る勇気はない。



「何をしていなくても、
傍に居てくれたらそれだけでいいと思ってた」



振り返る勇気は、ない。



「もう離れられないくらい、
君は僕が好きなんだろうって自惚れてたよ」



あなたは好きだなんて、
一度も言ってくれなかったくせに。

だから私だって、
一方通行みたいなのが嫌で、
言わないようにしてたのに。


確かめもしないで、
なんでそんな風に思えるの?




きっと好きでいてくれてるんだよねって、

一緒にいる間中、

サヨナラを言う一秒前まで、

信じていたかったけど、




やっぱり私には、

そんなの到底無理だったっていうのに。




好きって言ってくれなきゃ嫌だ。



もっともっと抱き締めてくれなきゃ嫌だ。



あなたと違って頭の悪い私は、

目に見えて、

耳で聞こえる、

確かなモノがなければ満たされないんだよ。





きっと…なんて憶測だけじゃ、




足りないんだよ。


























「…僕はもう離したくないって思えるくらい、

大好きだったよ、

君のこと」








廊下で後ろ手に閉めた扉の向こう、

呟いたあなたの声は届かない。








(立ち尽くす少年は、

引き留める術を知らない。)


憶測だらけの恋だけど
確かにあなたが好きでした。





欲張りな私には、

きっとあなたは似合わない。





END

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