臆病者の幸福論

□ばかだね、わかってよ
2ページ/2ページ





やり場のない気持ちをため息に替えて、
とりあえず今するべきことを考えてみる。

風邪なんて何度も引いたことはないけれど、
高熱の時は冷やすのが何より有効、
それぐらいなら僕だって知っている。
けどぐるりと辺りを見回してみても、
あいにく応接室にはめぼしい物は見当たらない。(当たり前だよ、ここに来る病人なんて君くらいだろうしね)


「…………本当に君は面倒事ばかり持ち込んでくるね」

「…すみません…心配無用……ですから…」


心配無用って言葉の使い方、
ちゃんとわかってるのかな。
どこをどう見たって全てが心配の対象じゃない。

このままここで呻かれたら仕事にもならないし、
放っておくのだって気が気じゃない。


こうして君がうなだれてると、
困るのは僕の方なんだよ。



「ほら、肩貸してあげるから立ちなよ、保健室まで連れてってあげる」


本当は引きずった方が早いんだろうけど、
君は特別だから。


お姫様抱っこなんて趣味の悪いことはしてあげないけど、
これくらいなら構わない。


スッと手を差し出すと、
お姫様抱っこじゃないってことに不満そうに眉をひそめながらも、
ありがとうございますと呟いた彼女は熱く熱を帯びた小さな手を僕の手にそっと重ねた。


ズクン、と、
毎日顔を合わせていてもいまだ触れたこともなかった感触に、
不甲斐なくも無意識に胸が躍動し始める。

肩を貸すなんて提案は、
間違いだったかなと少し後悔したけれど、
こうなってしまえば一度差し出した手を引くわけにもいかない。


せっかく握れたこの手を離すのも、
何だか少し勿体無い気もする。


なんて戸惑っていると、





「あ、やっぱり………やめます…保健室」


スルリと僕の手をすり抜けた君の手が、
再びソファーの上にパタリと落ちた。




「……何?どうかしたの?」

「…だって保健室の先生…苦手なんです…いつも廊下ですれ違っただけでチューしようとしてくるし…」


思い出しただけでも気持ち悪いですと嗚咽を漏らした君は、
突如手持ち無沙汰になった僕の気持ちなんか知るわけもなく、
沈んでいくように再びソファーに突っ伏した。

無駄に胸を鳴らした自分がたまらなくみっともない。(鈍感過ぎるんだよ君も)


それにしてもあの猥褻保険医、
いつか咬み殺さなきゃとは思ってたけど、
まさか彼女にまで手を出してたなんてもうぐちゃぐちゃにしてやらなきゃ気がすまないな。


「…こんな状態で保健室で寝ちゃったら……ゲホ…確実に私の大事なファーストキスが奪われちゃいます……」


それだけは絶対に嫌です、
なんて言う君を無理やり保健室へなんか連れて行けるわけがない。
あんな男に触れられたらと思うと、
それだけで苛立ちが拳に伝染してきて怒りに震える。(いくらぐちゃぐちゃにしても足りなそうだよ)


結局、
熱は多少心配だけれど、
どうやらこのままそっとしておくより方法はないらしい。




はぁ、
ともう一つ溜め息を吐いて立ち上がりながら、
羽織っていた学ランを規定より多少短めなスカートを気にするでもなく無造作にさらけ出されていた脚へとかけてやる。(さっきから気になってしかたないんだよ)


「じゃあ、僕がその馬鹿な頭を冷やせる物持ってきてあげるからちゃんとここで大人しく寝てなよ」


まったく、
どうして僕がこんなことまでしてあげなきゃいけないんだか。

本当に、
僕が他人の為に動くだなんて、
後にも先にも、
きっと君の為だけだよ。



ありがとうございますと消え入りそうな声を背中に聞いて静かに歩き出そうとすると、
不意にツイと引っ張られた制服の違和感に再び振り向かされた。

苦しいながらも、
えくぼを作って笑った君が、
僕を見上げてる。

どうしたのかと君を向くと、
いつもならうるさい位に甲高い声を聞いたこともないくらい弱々しく発して、




「…雲雀さんって…いつも意地悪だけど…やっぱり優しいですよね……だからスキ……」




ニッと弧を描いた唇でそんなことを言うから、



たまらなくまた、

胸が跳ねたんだ。



本当に君って子は、
どうしていつもこう僕の何かをくすぐるんだか。








「…………ねぇ…」






踵を返して再び彼女の目の前にひざまずくと、
キョトンと驚いたような瞳が僕を映す。





「…そんなこと言ってると、
その大事なファーストキスってやつ、
僕が奪うよ?」

「………へ……?」



君の寝そべるソファーの背もたれに手を突いて、
被さるみたいに近付いて見下ろせば、

それでなくても赤い頬は、
人間の域を越えたみたいに真っ赤になる。



「や……あの…何言って…だってあの…雲雀さんは…───」

「大人しく寝てなって言ったよね?」




パクパクとせわしなく動いて無駄に言葉を発する唇を唇でふさいでやると、

高い熱と極度の緊張に更に荒くなっていたた呼吸はピタリと止まって、
溶けそうな位の熱さが、

重なる部分を通じて僕にまで伝染した。










ばかだね、わかってよ






僕もスキなんだよ、
君のそういう馬鹿なとこ。











「……………風邪…うつりますよ?」

「君と違って僕は自己管理ぐらいちゃんと出来てるから平気さ」

「……なるほど……それにしても暑い…です……さっきより……」

「だろうね、熱が上がったみたいだし」

「……あ…ファーストキスは……レモン味じゃありませんでした……なんか…雲雀さん味…?」

「本当、馬鹿じゃないの?」

「……ファーストキス…って………こんなあっさり済んじゃうものなんですね……」

「ワォ、不満なの?」

「………いえ…………








………超絶ハッピーです…」



元気だったらもっと沢山喜べたのに、

なんて嬉しいことをボヤく君に、


早く治る魔法の囁きを耳元へ。





「じゃあ元気になったらもっとしてあげるよ」



ワォ、
また熱上がったんじゃない?





END
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ