臆病者の幸福論

□どうか治療法を教えて(できたら予防法も)
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恋は病。


なんて、
昔の人間は上手いことを言ったと思う。



激しい動悸、

酷い胸痛、

倦怠感。



病と呼ぶに相応しい苦痛は一度患ってしまえば最後、
ジワジワと確実に体も心も蝕んでいく。


そんな症状を初めて感じたのは、
彼女が並中へ入学して間もない頃だったと思う。
何が目を引いたわけじゃない、
これと言って目立つわけでもなければ決して地味なわけでもない君と、
何気なく目が合った瞬間、

心臓が飛び跳ねた。

考えにくいけれど、
こういうのを俗にいう一目惚れっていうんだろうね。
自分でも、
未だに何故彼女なのかは理解に苦しんでいるけれど。

それからいくつかの過程を経てごく自然に彼女と一緒に時間を過ごすようになって、
気が付けば傍にいるのが当たり前に思えるようになったっていうのに、

今も尚慢性的に僕を苦しめてやまないそれは、

このなんてことない瞬間も、
僕の胸をギュっと押し潰し続けてる。




どうかしてるよ、

僕は、

僕でなくなってしまったみたいに、

この病に、

全てを支配されて、

君に全てを奪われてしまったみたいだ。









「ひ〜ばりさん家のきょ〜や君〜♪この頃なんだか変よぉ♪どぉしたの〜かな♪」



そんな音程なんか完全に無視した馬鹿っぽい下手くそな替え歌を唄う君が、



「お話しよ〜って言〜っても〜♪」



仕事が忙しいって言ってる僕に気を遣うなんてことすら出来ない君が、



「おやつにしよ〜って言〜っても〜♪
いつも応えはお♪な♪じ♪」



学校に昼食以外の食べ物を持ち込むのは禁止だって何度教えても聞かないで、

チョコレートなんかを嬉しそうに頬張る校則も守れないような君が、



「あ〜と〜で♪…つまんないなぁ」





たまらなく好きだなんて。



本当にどうかしてる。








「その音痴さ、どうにかならないの?」


途中まで目を通したけど彼女の音痴な歌声に心奪われて机上に戻したクリップボードを静かに閉じて、
放っておこうにもどうにも僕を惹きつける彼女の傍まで歩み寄る。

フワリと吹き込む風に弄ばれる髪の毛に触れられる距離まで来ると、
僕の指定席でもあるソファーに堂々と腰掛けた彼女の目の前のローテーブルに、
所狭しと散らばされている色とりどりの包装紙に個別に包まれた食糧が目に付いた。

チョコレートやらマシュマロやら、
君は大好きで、
僕は苦手な甘い物ばかり。
鞄も持たずにふらりと現れたくせに、
一体その薄手の夏服のどこへ忍ばせてきたのやら。



「雲雀さん!もうお仕事おしまいですか!?」


そんな君に呆れる反面、
主人の帰りを喜ぶ子犬みたいに瞳を輝かせるその背中には、
振り回す尻尾すらも生えてきそうだなと自然と口角が緩んだ。

そんな姿が、
苛立つどころかたまらなく可愛いらしいと思えるようになっていたのは、
いつからだったかな。



「まだだけど、君があんまりうるさいから少し黙らせに来たのさ。」


ギシっと、
彼女の隣りに腰かけると、
なんだお仕置きですかと、
たった今まで期待に満ち満ちていた瞳を伏せてシュンと肩を窄ませた君。

はぁ、と大きく吐き出された溜め息と一緒に香る、
甘だるいチョコレートの匂い。

君の口の中で溶かされるなんて、
幸せ極まりないそいつを何気なく一粒テーブルから取り上げると、
俯いて曇りかけてた君の瞳が僕の指先に吸い込まれるみたいに持ち上がって再び輝きを取り戻した。


「それ!昨日有名なショコラティエがいる駅前のお店に並んで買ってきたんです!」

「ワォ、わざわざそんなことまでして校則違反するなんていい度胸してる」

「雲雀さんのためにです!」

「僕が甘いの知ってて嫌がらせかい?」

「なっ…ちがくて!それは……──んぐっ」

「本当、君はうるさ過ぎるんだよ」


小さなハート型をしたチョコレートを軽快に弾むお喋りな唇の隙間へと押し込めば、
驚いたような顔をしながらも柔らかな頬の裏側へとそれを納める辺り、
僕のためなんて言うのはあくまで口実なのだと思わせる。

まぁ、
別にかまわないけど。(君が楽しいならなんでもいいさ)

いつもどれだけ不機嫌にふてくされていたって、
甘い物を与えてやれば単純に笑顔に戻る馬鹿な君のことだ、
今だってきっとまたすぐさまその膨れっ面も僕を煮やしてやまない笑顔に……


「……うげぇ……」


なんて思っていたけれど、
なぜだか今だけは違ったらしい。

眉間に深いシワを寄せて、
軽い嗚咽を漏らしながらベッと舌を突き出させた彼女は、
苦し紛れになのか僕の制服へとギュっとしがみついてきた。



「…これ…雲雀さんのために買ったやつだって言ったじゃないですかぁ……」

「それと君の反応にどういう関係があるのかよく分からないんだけど」

「………だから食べてみてくださいよ…そしたらきっとわかりますから…」


くしゃりと赤い包み紙に包まれたチョコレートを握らされたけど、
キラキラとした涙を浮かべた瞳で訴えかけてくる君から目が離せなくて、
居所の落ち着かないそれは指の間からそのままカラリと床へと転がり落ちてしまった。


やめてよその顔、
また胸が、
苦しくなる。


あっ、
と慌てて拾おうと手を伸ばす君を反射的に捕まえると、
驚いたように見開かれた僕を写す漆黒の瞳に見上げられて、


ずっとずっと僕を苦しめ続けてたあの症状が、
急激に悪化していくのを感じた。


激しい動悸、
胸痛に倦怠感。


押し寄せて来る、
よくわからない衝動。



「……雲雀さん…?」



心配そうに首を傾げて僕を見上げる君に、
息を呑む。



「……そんなにいうなら食べてあげてもいいよ」

「…はい!是非!絶対気に入ると思うんです!今度は私が食べさせてあげますから……ハイ、どーぞ!」

「いいよ、こっちで十分」

「………へ?……───」





ぷっくりとした唇から口の端まで、
子供みたいにだらしなくチョコレートを付けたままでいた君を一口。

両手で空っぽな頭を包んで逃げ場を奪った上でそっとそれを舐めてやると、
その指に摘まれていたハート型は再びカラリと床へと転がり落ちた。






恋は病、

昔の人間は上手いことを言ったものだと思う。




心を狂わせ、
蝕み、
胸の奥をたまらなくかきむしり、

この僕に、
こんな馬鹿馬鹿しいことまでさせてしまうなんて。



それはまさに、

病と呼ぶに相応しいよ。





どうか治療法を教えて
(できたら予防法も)




「わ…わっ…わぁー!!何してるんですか雲雀さん!!」

「ワォ、何これ、ちっとも甘くないね」

「…え……ぁ…だ…だから雲雀さんのために……甘くないの………さがして来たんです……」

「ふーん、そんなに僕にも校則違反させたいの?」

「…ちがくて!…だ…だって……私が好きな物…雲雀さんにも好きになってもらいたいなって思って……」

「…………そんなの気にしなくても、
こうして食べれば甘いのも好きになれそうな気がするよ」



動揺に震える唇の隙間に、
君の大好きな甘だるいチョコレートを押し込んで、
僕の唇で蓋をすれば、
湧き上がる愛おしさが、

苦手な甘さも、
もやもやともどかしい症状も、

なかったみたいにとはいえないけれど、

少しだけ軽減してくれた気がした。



こうして楽になれるなら、
いつまでも時間を忘れて溶け合わせていたいと思ったよ。


君の甘さと、
僕の痛み。





END


なんかもう…駄目だ私orz
スランプの境地かコレorz
鬱だぁ↓(;´Д`)

あ、どうでもいい話ですけど、
ガム食べてる時チョコ一緒に食べるとガムに変な現象起こりますよね(´Д`(笑))

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