臆病者の幸福論

□好きだとかキスだとか
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君に抱いている感情が何かなんて、
ほんの少し前まで考えたこともなかった。

君を見て、
君に触れて、
話をして、
心臓の辺りが痛くなったり、
鼓動が早くなったりするのは出会って間もなく、
まだ幼い頃からだったから、
そうなることが当たり前で仕方のないことなんだと疑うことなく思っていた。

愛情なんて知らない僕には、
それが特別な感情だなんて知る由もなかったんだ。


状況が変わったのはほんの数日前。
いつも通り何気なくそばにいて、
何気ない話をしていた君が、


『雲雀くんが好き』


なんてふざけたことを言い出してからだ。

ドクンと、
一際跳ね上がった心臓を押し返すように、
馬鹿じゃないの?と突き返せば、


『雲雀くんは私のこと嫌い?』


そう問い掛けられてぶつかった視線に、
言葉はすぐ様唇を割って出てきてはくれなかった。

けど、
ひとしきり考えてみて、
嫌いではないのだから消去法でいけば導き出される答えは決まっていて、
ただ純粋に、


『好きだよ』


そう思うままに言葉を紡いで、
その時初めて、

この感情がなんなのかを理解した気がした。


けど、
好きだとわかったからといって、
何が変わるのかはわからない。


今までだってずっと一緒にいたわけだし、
今この瞬間だって、
いつもしているように僕の膝を枕にして眠る君と、
同じソファーの上で、
同じ時間の中で呼吸をしてる。

好きだなんて話していた君自身、
何かを求めてくるわけでもない。

僕自身、
何をすべきなのかもわからない。

けど、
変化が欲しいなんて心のどこかで思ってる僕のこのおかしな欲というか、
衝動というか、
フツフツと胸の奥で何かが疼く感覚があの日以来ずっと続いていて気持ちが悪い。


このままいつまでも変わらず過ごして、
ずっと変わらず君は僕を“好き”でいて、
僕は君を“好き”でいるのだろうか。




上の空のまま寝息を立てる君の頭の上で眺めていた恋愛ものではなかったはずの小説の中、
主人公の少年とその幼なじみの少女が、
お互いの気持ちを知って当たり前のように唇を重ねる。

そんな行為に何の意味があるのかも、
僕にはどうにも理解できない。

唇を重ねるのと、
手と手を重ねるのと、
何が違うっていうのさ。
同じ体の一部じゃない。


ふとつまらない物語を退けてみれば、
眼下にはすっかり寝入った君の、
間抜けなのにたまらなく愛らしい寝顔。


「………ねぇ」


呼びかけたって、
返ってくるのは小さな寝息だけ。

胸の上で軽く握られた小さな掌にそっと触れると、
ジワリと胸が熱くなる。





理解できないなら、
試して、
みようか。





フツと湧いた試みに、
熱くなってた心臓がはじけたみたいに波うった。

どうしようもなく、
馬鹿馬鹿しいことをしようとしてるとわかってはいるのに、
どうしようもなく、
みっともないことをしようとしてるとわかっているのに、


それでも、
躊躇うなんてことは微塵もなくて、
止めるなんてことも最早不可能で、


ただ吸い込まれるように、
窓から吹き込む秋風が通り抜ける僕と君との隙間を埋めて、

ただ湧き上がるおかしな欲や衝動に押されたみたいに、






そっと君に近付いた。






好きだとか、キスだとか


そんなの面倒なだけだと思ってたけど、

どうにも、

そうでもないらしい。









二度目のキスは、
目を覚ました君に、
もう一度好きだと告げて不意打ちで。

END

人はそれを本能と呼ぶのだ!(´Д`)!

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