臆病者の幸福論

□君が通れるくらいの僕の隙間
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午後の授業が始まった校内は、
静かで心地良い。

僅かに開けた窓から吹き込んでくる風は気持ちがいいし、
遠くで聞こえる体育の授業の軽い騒音は実に健全で眠るには程よいざわめき。

応接室の真っ黒なソファーに転がって、
退屈しのぎに眺めていた物語りは心理学に精通した学のある作家の推理小説のはずだったのに、
やれ惚れた腫れたと面倒くさい感情ばかりがチラついて退屈極まりない愚作だった。
自然と降りてくる瞼に抗う必要はない。
風紀を乱すような存在は朝の内に全て排除しておいた。

ここにあるのは平穏な時間。

放課後まで眠っても問題はないだろう。
授業が終われば否が応でもここに来るであろうあの子に時間を奪われてしまうのだから、
今のうちに。

ふぁ…と、
欠伸を一つ室内に溶かして、
意識を深く潜り込ませる。

グランドのざわめきが遠くに聞こえる。
静かに流れる時間がたまらなく愛おしく思えて、
このまま時が止まってしまえばいいのに、
なんてつまらないことを思ったけど、
そんな考えは眠りにつく直前まで脳裏を離れてはくれないあの子にいとも簡単にかき消されてしまう。

『雲雀さん!』と、
用もないのに満面の笑みをたたえて僕の名前を呼ぶ馬鹿な君が瞼の裏側に写って見えて、
それでなくてもやかましいのに意識の中にまで現れて、
そばにいなくてもこうして僕の邪魔をするんだ。

ふーっと息を腹の底から吐き出して、
眠りを妨げる君の笑顔をかき消しながらソファーに沈んでいた背中を持ち上げて寝返りをうって必然的に肘置きが程よい枕に変わったところで体を落ち着かせれば、
吹き込んできたそよ風に髪の毛をさらわれるのがまた心地よくて、
眠りに落ちるのにはもうそれほど時間はかからないと思った。


眠ってしまえば、
いくら思考を切り替えてもどこまでもついて回る君も振り切れるはず。

夢にまで現れてくれた日には、
今度こそ咬み殺してしまおう。







なんて思っていた刹那、

何と表現すればいいのか良くは分からない悪寒にも似たおかしな感覚にピクリと神経が反応して、
眠気で重たくなっていたはずの瞼がパチと持ち上がった。







「…………ワォ」



視界を支配するのは、
風にそよそよと弄ばれる漆黒の黒髪と、
今にもこぼれ落ちてしまいそうに大きな瞳。

つい今さっき、
勝手に意識の中へと入り込んでくるのを締め出したばかりの、

君。

僕に気配を感じさせることなく近付くなんて、
世界中どこを探したってきっと彼女だけ。

油断してたわけじゃない、
気を許したつもりだってないのに、

君はいつも簡単に僕に近付いてくる。

気が付けばいつも、
そばにいる。



“また君か”
と彼女と顔を合わす度に吐き出さずにはいられない溜め息の後自然と口にしてしまうお決まりの言葉を発するより先に、


「おはようございます!!!」


耳をつんざく煩わしい挨拶が、
眠りかけていた僕の脳内を覚醒させて軽い苛立ちが加速した。

僕の眠りを妨げるとどうなるか分かってる?
なんて口に出すのも億劫で、
睨み付ける瞳で凄んでみても、
頭の悪い君には僕の気持ちなんか汲み取れるわけもなく、


「…そんな見詰められたら…胸が苦しくなります…」


あっさり返されてしまうから、
いつも拍子抜けして拳を振り下ろすのを忘れてしまうんだ。

君といると調子が狂う。


二度目の溜め息はごく自然とこぼれ落ちた。
騒がしい彼女が来れば眠りをさそう心地よさなんてどこえやら。
すっかり覚醒させられた意識と一緒に気だるい体を起こして座れば、
すかさず今まで僕の背中があった場所へと当たり前のように腰を下ろす彼女はまたたまらなく鬱陶しくてたまらないのに、

僕に近づくなと、
発したい言葉を邪魔するこの感情は、
なんなのかな?



「なにしに来たの?今は休み時間じゃなかったと思うけど」

「雲雀さんって寝顔まで綺麗ですよね♪お昼寝の時間狙って来てラッキーでした!」

「話聞いてる?」

「聞いてますよー、
いいんです!出席時間が足りなくて留年できたらずっと並中にいる雲雀さんとずっと一緒にいれるじゃないですか」

「そんな理由で中学は留年できないよ」

「え!?じゃあなんで雲雀さんは留年できてるんですか?」

「僕は特別だからね、それに留年してるわけじゃない、
僕はここにいたいからいるだけさ」

「…………じゃあ…今年でお別れなんですね…」



今にも泣き出しそうな声でそう言った君の言葉に、
ギシリと胸が軋んだ。

季節は今、秋。
君が卒業するまで後半年か。

真っ白な天井を見上げながらそんなことを思うと、
キリキリと痛みを訴える胸に、
まだ半年もこんな日々が続くのかと思う反面、
あと半年しかないのかとなんとなく名残惜しく感じている自分に気が付いた。

君がいなくなればどんなに静かで穏やかな生活になるだろうと、
いつもそんなことばかり思っていたのに。

こうして過ごす時間を失うのがまるで、

“寂しい”なんて感じてるみたいだ。




ふと、
隣りでさっきまでの勢いを失ってうなだれる君を見やれば、
なにやらブツブツと呟きながら、
無い知恵を絞って何かを考えている様子。

ファっと通り抜けていく風が、
君を通り越して僕に届く。

甘い香りが、
鼻先をくすぐった。





君が、
いなくなる。

あと、半年で。





長かったようで、
今は短かったと感じられるこの二年半。

毎日毎日、
君は僕に会いにきた。
休みの日は勿論、
僅かな間入院していた病室にまで、
毎日、毎日。

溜め息が出るほどうるさくて、
噛み殺しても足りないくらい鬱陶しいと思うのに、
なぜだか朝は君が来る昼休みが待ち遠しくて、
午後は君が来る放課後が待ち遠しくて。
気が付けばいつも、
僕の頭の中に君がいるようになったのは、
いつからだっただろう。


君がいなくなるなんて、

そんなの。






「……あの…雲雀さん…………」

「……何?」

「卒業しても、ここに来ていいですか?」

「部外者を校舎に入れるわけにはいかないよ」

「じゃ、じゃあ校門で待ち伏せなんかは有りですか!?」

「……放課後まで僕を待たせるつもり?」

「………へ?や、待つのは私の方で……」


「馬鹿だね、




会いたいと思うのが、
自分だけだと思ってるの?」






さんざん僕をかき乱しておいて、
今更いなくなるなんて。

そんなの許さない。













人の話もまともに聞けないくせに、
猿より馬鹿な思考回路しかもたないくせに、
こういう時だけ遠回しな僕の言葉も簡単に理解して舞い上がる都合のいい頭をした君の細い体を抱き寄せて、

初めて他人の体温が、
ぬるく吹き込む秋風よりも、
穏やかに流れる時間よりも、

心地良いものだと知った。








気が付けばいつもそばにいた。

気が付けばいつも心の中にいた。

気が付けばいつも、

君を想ってた。



ねぇ、

いつの間にできていたのかな?





君が通れるくらいの僕の隙間






潜り抜けてきたのは君。

その馬鹿な頭でももう二度とここから出られないってことくらい、

わかってるよね?



蓋をして、
鍵をして、

いつまでも僕の傍に、
いつまでも僕の中に。



END


お題サイト様では消されてしまってたお題なのですが、
凄く気に入ってたので使わせていただきましたo(^-^)o
こうして大好きな並中を離れることを決意した雲雀くん(^w^*)
今度は彼女とイチャつきながら並高を支配するのでした(´Д`(笑))

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