Pot aux Roses...

□† 秘密 †
1ページ/76ページ



若い国王が即位して1ヶ月。
見た目が麗しく、ついでに独身の王様は瞬く間に世界中のアイドルになった。国王の居城ヴェルサイユ宮殿には連日観光客が殺到し、その人気に衰えの兆しはない。
おかげでパリの雰囲気も騒々しいまでに賑やかだ。

日曜日。白い雲に縁取られた青空。心地よく風が流れている。
アパルトマンのエントランスから外に出たランディは、やや遠くにあるノートルダム大聖堂を複雑な思いで見つめた。

流石は観光名所。無条件で人々は吸い寄せられてしまうらしい。その集客力には感心する。しかし人々の目的は信仰ではないから、あちらこちらで撮影会が催される。広い道路を隔てたアパルトマンの門扉の前でもピースサインをキメている女性(たまに男も混ざる)グループが何組もいて引きもきらない。
ランディにしてみれば『俺の家』を背景に記念撮影など迷惑この上ないが、素直な観光客に言わせれば「ええ〜? 美術館かと思ったぁ」というような瀟洒で巨大な家なのだから仕方ない。尤も、こういう勘違いは最初からされていてランディも馴れてはいる。近頃、更にギャラリーが増えただけだ。

セキュリティを強化しなきゃダメだな、と思いながら、門扉とは大分離れた通用口から道路へ出て、大股でズカズカと歩き出した。

エッフェル塔が建つマルス広場(士官学校)の近く、大昔にはアンバリッドがあった辺りに、どっしりとした建物が二棟ある。実際にはひとつのビルと言えるが、殆どが地下へ伸び、連絡するのも地下階だけだ。使用目的の観点からも地上では別個の建物として存在している。地上8階建ての大きい方は陸軍本部。6階建てのセーヌ寄りのビルは近衛連隊司令本部。
どちらもバロック建築を再現した美観を誇り、何故か観光マップでも大きく紹介されている。観光出来るのだからビル内には一般公開されているエリアがちゃんとあって、レストランにカフェ、ショッピングセンター完備。ご近所様にも大好評だ。
本来こういったサービスはビル内で働くスタッフの福利厚生が目的であっただろうと考えられるが、いつの間にやら外貨稼ぎに一役買わされるようになったらしい。よっぽど世の中は平和なのだろう。

そんなんだから超軽装で一見高校生のランディでも近衛の本部ビルに正面から堂々と入っていく事が出来る。バイトのような顔でスタッフオンリーの扉を開けても誰も不思議には思わない。
ランディの目的地は最上階。若さを武器に6階までの階段を昇る。

別に、車で来たってよかったのだ。駐車枠もあるし、そうすれば地下のエントランスから入れるし、そこからならエレベーターで一気に行ける。当然、そこでは観光客に出くわす事はない。

けれど、無駄に身体を動かしたくなるほど今のランディはムカついていた。

今日の開放エリアは盛況で、流行りらしいBGMが流れていたものの、それが聴こえないくらいに人々のざわめきがうるさかった。その喧騒の余韻が耳に残っているようで、照明も暗い上部フロアの静かさに耳鳴りがする。6階も同じだ。非常灯が頼りなげに光っているだけの通路を進み、自分のオフィスのロビーに辿り着く。見馴れた場所のはずなのに、このガランとして薄暗い感じには、まるで見知らぬ空間であるかのような錯覚をした。

ぷちっと ぶんこ
petit lettre
CLIB NOTE
† Pot aux Roses... †

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ