Pot aux Roses...

□† 秘密 †
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「全く参っちゃうよ。出掛けようとしてたんだよ? そこへいきなりデカイ女がやって来て『いい天気だからランチでも、どぉ?』なんて誘うんだ。ルマも放っとけばいいのにズンズンついて行っちまった」ボヤいて白煙を吐き出す。「俺の"10代最後の思い出"は対デカ女戦での惨敗記録更新だよ」
この台詞からわかるように、ランディは未成年である。なのに喫煙だなんて、ケッコウな不良だ。よい子は真似をしてはいけない。誘惑されそうになったら販売元が箱に明記した注意書きをよく読むように。命が縮むそうなので、成人しても手を出さないのが無難である。
「誕生日までには、まだ日があります。機会がない訳ではありませんよ」
左手にトレイを抱えて、エーリック大尉は励ました。
しかし、その言葉に説得力はない。誕生日は8月19日というランディは、死なない限り、今週中に20歳になってしまう。

近衛は、その名の通りに業務内容が限定された、割にコンパクトな部局である。『近衛連隊』というだけあって隊員の数はそれなりだが、何かのセレモニーでパレードだけやっときゃいいってモンじゃない。面倒な下準備が必要というか、そっちの方が重要だ。近衛司令部の仕事は、簡単に言えば情報の収集・管理と、それに基づいた対策、たまには操作もする。そして目的が王族の皆様の安全で平穏無事な生活だから、その作業は極めて繁雑で膨大。
しかも今年連隊長に就任したのは『百年に一度の逸材』と囁かれている鬼エリート。近衛がこれまで経験した事のなさそうな分野の仕事までボスを頼りに舞い込んでくる。完全なトップダウンのワンマン組織で、挙句ひどく期日に厳しい。従来のルーチンワークで過不足なし(ギリギリ)のスタッフしかいないから、鬼エリートなボスの要請を満たす為にはヒタスラ馬車馬の如く働くしかない。公休? 有給休暇? そんな娑婆の権利とは無縁である。

特に、ここ1ヶ月は文字通り地獄だった。国王の即位と王母の訪英という大きなイベントが重なり、そんな時に幹部がロクでもない事件を起こしたから上部機関の臨時監査が入って10日は開店休業状態に陥った。けれど、だからと言って仕事がなくなった訳ではない。外部からの調査に付き合わされ、その後は他局の監督(干渉)を受けながら、今度は自身の内部調査も加えての業務遂行を余儀なくされた。期日の延期など鬼ボスの選択肢になく、当然認められなかった。
勿論、連隊長が有能であるからこそ早々に外部の干渉(邪魔)から解放されたのであるが、無能なボスが有り難くなるほど迷惑なまでの『仕事漬け』。こんな不毛な地獄は閻魔大王だって作りはしないと思われる。

そんなんだからランディは今日という日を完全なオフにするため、昨日まで寝る間も惜しみ骨身を削り、他人のケツを煽り立てて全てのノルマをクリアした。並大抵の気合いでは出来ない馬車馬ぶりだったが、それもこれも今日ウッカリ休日出勤するハメにならない為だったのである。
なのに。
そうまでして作り出した時間はアッサリとその目的を失った。ランディの脳裏に蘇る、昨日までの苦労連続オートリバースな中で夢見た淡い期待。
エーリック大尉にはそんなランディの哀しみがわかるし、ランディの言う『デカ女』が誰の事かもわかっているので、ランディに同情するのは容易い。それに予定が消えただけで特に用もないであろうオフィスに来て、働きたいのでもないだろうに制服まで着てしまうのだから、慰めの言葉くらい掛けてやりたくなる。

ぷちっと ぶんこ
petit lettre
CLIB NOTE
† Pot aux Roses... †

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