Pot aux Roses...

□† 秘密 †
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「デュカス少佐にとっても6週間ぶりの休暇ですから、奥様とゆっくり話をされたかったのでしょう。ヴェルデ大佐の事もありますし」
「中佐だ」
素っ気ないランディの呟きに、エーリック大尉は「あ」と気づいた。
妙な事件を起こしたデヴィッド・ヴェルデ大佐は、個人的に同盟(月)側に飛び込んで行ったと判断され、本人は消息不明ながらも降格処分を受けていた。
「申し訳ありません。先日の通達を失念しておりました」
「それはいいんだけどね」最後の煙を吐き、まだ長めの煙草をやっきりと灰皿で潰す。「俺だって6週間ぶりなんだよ?」

言いたい事はよくわかる。しかし他人を責めるのは逆恨みに近いものがありそうだ。今日の約束のお相手である恋人ルマはランディの可愛い妻でもあるからだ。妻の外出に付き合う役目を妻の女友達に奪われたくらいで心底怒ったり泣いたりしないのがフツーだろう。それに『デカ女』などと敵意丸出しで呼ばれたデュカス少佐も、ララ・シャルロット・シルベーヌという可愛らしい名前を持つランディとは腐れ縁で結ばれた幼なじみであり同じ近衛で働く仲間でもある。参謀の要職に就いているシルベーヌも今日のランディの完全オフの為に精一杯協力してくれた。シルベーヌが頑張ってくれなければ、ランディの今日という日は元からなかったとも言える。

それでもランディは悔しくて堪らない。
ランディだって事の成り行きを茫然と見守っていたのではない。ルマがシルベーヌの味方だとわかっていても最大限の抵抗をしたのだ。それをシルベーヌに「別にいいじゃない」と軽くあしらわれ、終いに「だったら仕事でもしてなさいよ」と締め括られた。誰か、シルベーヌを黙らせる方法を教えてくれ。と、今日ほど強く思った事はない。可愛いのは名前だけ。連隊長に劣らぬ冷酷非道ぶりで、手段を選ばずにランディを毎回やり込めてくれる。

バケットシートみたいな背もたれに体を預け、諦めの深呼吸をする。傍に立つエーリック大尉に、ランディは皮肉な笑顔を作った。
「せっかく来たしな。仕事でもするよ。俺に出来る事って何かある?」
「それでしたら広報から預かっている文書に目を通されては如何でしょうか。長く保留にしていますので」
「広報?」一瞬戸惑い、でも直ぐに思い出した。「ああ。あれね」
"あれ"とは、広報部が判断に迷いランディに丸投げしてきた出版物の原稿である。出版社が題材になった近衛に出版の許可を求めているのだが、本来ならばランディはその職責からもそんな事務処理に携わる事はない。初めは真っ当に「この非常時に面倒は持ち込むな」と断った。ところが、どうしても!と広報部長が拝むので、渋々拝み倒されてやったのだが。もう2週間くらい放ったらかしてある。馬車馬のように働いているうちに脳内の忘却フォルダへと片付けてしまったらしい。
正直にランディは表情を曇らせる。「別に何が書いてあってもいいよ」
「それでもプライバシーに抵触していますから大佐の判断が必要です。問題箇所をコピーしてありますので、どうかご確認ください」仏頂面のランディに微笑み「直ぐにお持ちいたします」
弱り目に祟り目。ランディは生れつき読書が嫌いだ。
根気の必要な単純作業を前に、また煙草を1本、取り出した。

ぷちっと ぶんこ
petit lettre
CLIB NOTE
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