Pot aux Roses...

□† 秘密 †
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新聞社で軍事関係の記事を書いていた僕は、これが近衛司令本部内で起きた事に衝撃を受けたが、何しろ守備範囲外の事件だ。すぐに忘れた。ところが直後に事件現場はボルドワール大尉のオフィスだとわかったのだ。
この事実だけで関係者の関心を集めるのには十分だった。社会・政治・経済などの分野でも興味津々の反応があった。


当時は殊更に耳目を集めたボルドワール侯爵家である。大貴族ではなく大財閥・大富豪という形容が相応しい。巨大なコングロマリットを築き上げ、その資産はやはり巨大。裁判で何十億(フラン)吹っかけようとも、誰も金銭目的だと邪推出来ないほどの純粋な財産家なのだ。主な事業は銀行と学園都市というが、ボルドワール侯爵家が関わらない業界はブラック・マーケットぐらいだという。
この巨大資本の後継者と見られる長男が妻に選んだのは王家とも姻戚関係にあるディッツェン大公家の三女。ディッツェン家は王府の要、貴族院を統括する王政の重鎮だ。ウィーンに本部を構える連邦政府からの信頼も厚いらしく、金と政治の婚姻だと反目する向きもあったのだと聞く。経済界では殆ど歓迎しなかったようだ。ボルドワール・マネーの分散にまたもや失敗したというところだろう。偶然か故意かボルドワール侯爵家は14代続けて貴族の子女を迎え入れ、政界ではいつかボルドワール家が王位を金で買うのではないかと警戒しているらしい。
妻の流産で婚姻の継続に支障があるのではないかと経済界・社交界が関心を持つのはわかる。ボルドワール家の地位と財産が目当てなのだろう。
しかし、ボルドワール家の意向はどうか。


そこまで僕は言及するつもりはないし、それだけの実情を知らない。
確かなのはこの裁判があったおかげでボルドワール家の長男ランディ・ジョゼフ・グザヴィエが近衛士官であり陸軍の隠し玉とも噂されるランディ・ボルドワール大尉と同一人物だとメディアが初めて認識した事である。

ところが、ボルドワール大尉は前線経験もあり、残す武勲は数多い。近衛士官だが、どうも他の部隊での活躍が聞こえてくる。それほどの売れっ子エージェントなのだ。まだ若い、とは伝わっていた。けれども17歳だとは誰も思えないから下っ端の僕が真偽を確認する為に傍聴する事になったのである。果たして本当に、あの巨大資本の次期オーナーが噂の破格のエージェントなのか……。

結論を言えば、それで正解だった。
ただし《彼》は17歳という年齢を全く納得させてくれないのだ。

先ず、外見が前述したように幼い。しかも、背は高いが全体的に華奢だ。金髪・碧眼、肌は抜けるように白い。時の流れをカウントしていた指先は、あれは男の手じゃない。幼少期には『人形のようだ』と出会った全員に必ずに言わせた容姿だ。
そういえば、芸能関係の記者がボルドワール家の結婚式を取材出来ないと嘆いていた。これほどのタレントだ。紙面を飾りたかったのに違いない。が、本人が基本的に情報部のエージェントである。オールマイティに活躍しているから意味はないと思われるが、その容姿は軍当局の極秘事項だ。取材許可は下りない。


結局、目的は果たしたものの、何も得心出来なかった。
外見も経歴も年齢不相応過ぎる。

貴族の子弟であれば結婚していてもおかしくはない。噂で聞くような政略的なものなら尚更だろう。けれども妻を抱きしめた彼の姿には大人の事情が窺がえる事はなかった。離れ離れだった恋人達が、長い時間の果てに漸く巡り会ったような、見ていた僕まで安心してしまうような抱擁だったと思う。
つまりは、やっている事も少年らしくないのである。

ぷちっと ぶんこ
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