Pot aux Roses...

□† 秘密 †
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フェルディナン家は《ヴェルサイユヒルズ》とでも呼ばれそうな辺りのド真ん中に屋敷を構えているから、置いていかれた『隣の家の息子』はどんなに簡素な格好をしていたとしても貴族の息子に決まっている。それよりも目の前の小僧が『隣の家の息子』だと信じる方法を教えて欲しいとロッシュは思った。

姿勢正しくソファに腰掛け、ソーサーを持ってティーカップを口元まで運ぶ滑らかな動作は、明らかに躾けられた貴族のお坊ちゃまだ。
しかし小僧の前には名の知れた極道をズラリと従えた大ボス・ロッシュが眼光を鋭く光らせて鎮座しているのだ。なのに、お紅茶の味がお口に合わなかったようで、ロッシュを見ようともせずに「ねえ、ブランデー、ある?」とか言い出している。辛うじて平静を装ったが、ロッシュは頬が紅潮していくのを覚えた。

小僧が何故ロッシュに預けられたのかはわからないが、早々に退散して頂きたいと思い、金庫番の手伝いをさせてみた。色々問題があったばかりだから『血沸き、肉踊る』ような惨状を目撃するに違いない。……と目論んでいたのに、あまりの恐ろしさに血の気を引かされたのはプロのマフィアの方。小僧は鬼のようにチンピラ共をイタぶり、目的の情報を引き出したと言う。現場にいた連中は7日7晩(若しくはそれより長期間)小僧の薄ら笑いを夢に見て魘され続けたと現在でも語り継がれている。

小僧は少しして「親父の誕生日だから」と勝手に帰っていき、ロッシュの心は屈辱と敗北感に崩折れた。

後日、ミシェルが礼を言いに訪ねてきたところでロッシュは小僧を組織に譲ってもらえないかと切り出した。ミシェルも満足そうに頷いたが……「残念だが、あいつを飼い馴らすのは諦めた方がいい。貴族の器に嵌まりきらないのは勿論、今後士官になっても陸軍もあいつを使いこなすのは無理だ。おまえ達の世界が如何に広大で奥深くても、あいつにはただのスモールワールドでしかない」
身体を張り、命を懸けた世界が『遊園地(スモールワールド)』……。
途端に自分が小さく思えたロッシュは、とっととマフィアを退職し、それまでに蓄えたヘソクリで『Roche』をオープンした。

スモールワールド関係者とはもう縁が切れたと思ったのも束の間。常連客は元・息子たちと、参謀総長とそのエージェント達ばかり。何故こんなに両極端な連中が共存するのか……単にロッシュの人柄と消えてくれない影響力が慕われてしまうのだが、ロッシュとしては迷惑ではないのだろうか。
今夜もミシェルはカウンターでロッシュを相手に物思いに耽っている。月曜の夜。『Roche』の定休日だ。やはり迷惑だろう。
ロッシュは思う。これから我が儘な待ち人が現れるのだろうと。ミシェルも我が儘だが、これから現れるであろう小僧は幾重もの輪をかけて我が儘だ。出会った時から得体の知れないヤツだったのに、恐ろしい右肩上がりで成長してくれる。これに逆らって無罪放免だった事はないと聞く。一家離散ならまだしも『命悲惨』な結末が待ち受けているらしい。
ミシェルと小僧が決裂する日を心待ちにする人間は少なくないと思われる。
そんな日は来ないとも思うが。


『Roche』にランディが到着したのは、もう21時を回っていた。
夕方に予定していた参謀総長との面談を寸前でキャンセルされ、都合を問い合わせたら「面倒だ。今夜はつきあえ」と直々にお誘いを受けた。基本的に当日の約束は受け付けないランディである。今夜は先約があると即お断りしたものの、通じなかった。「昨日一日休ませてやっただろう」などと上からモノを言われては主義の返上も止むを得ない。そもそも先約とは単に家にいたいだけの嘘っぱちだ。それを知る者には全く効力がないのであった。
俺って何て可哀想なんだろう……とシミジミしつつ、一枚扉のノブに手をかけた。

ぷちっと ぶんこ
petit lettre
CLIB NOTE
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