Pot aux Roses...

□† 秘密 †
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「"うるせー"じゃないわよ、チビ!」ソファ越しにランディの方へ身を乗り出す。「もしディヴが死んでみなさいよ。殺してやるわ」
過激な台詞だが、この程度なら日常会話の範疇だ。聞き慣れているランディは白煙を吐いて「上等だ」とニヤついた。
「冗談なんかじゃないわよ」
「有り難いね」灰を落としてクスクス笑った。「今ディヴが死んだって、それを知るのは何十年も先の話だぞ」
「何年先だっていいわ。墓を掘り返してでも殺してやるから」
「その時はな。待ってるよ」
ちょっと辛くなった煙草をゆっくり揉み消す。

デヴィッドはとんでもない女を置いていってくれたものだ。オカマ(つまり男?)にしか見えなかったシルベーヌなのに今は激しく『オンナ』に見える。きっと、デヴィッドが戻らない限りランディは永遠に恨まれ続けるのだろう。ユルくて、どうでもいい"毎度のオンナ"でも置いていけばよかったのに、と素直に思う。
大体が、ランディが何をしたのでもない。何も出来なかっただけだ。

「帰るんでしょ?」
徐ろなシルベーヌの問いかけに「帰るよ」と応えて、のそっと立ち上がった。
近くのクロークに掛けておいた上着に袖を通す。さっさとシャワーでも浴びて、何でも洗い流したい気分になった。
「ねえ。このまま、何処かへ行かない?」
上着のボタンを留めながらシルベーヌを見ると、デスクの前に並んだ椅子に腰掛けて小さく笑顔を作っていた。先刻の殺し文句の詫びなんだろうか。
「どうせ帰っても寝るだけでしょう?」
「メシも、食うよ」
「奢るわ」
気持ち悪い。

こんな風に愛想のいいシルベーヌの口車に乗せられて後悔しなかった例しがない。参謀入りを条件に近衛に入局したシルベーヌはランディよりも早く出世して、ランディが結婚するより前に現在の地位にあった。上官シルベーヌはランディを口撃でヤリ込め、グーでボコにし、アゴでパシらせ、酒でいいように操った。気分よく酔っ払ってOKしてみたら、あろう事かランディの挙式予定日が幻になった事さえあったのだ。仕事の話でなくたってロクな事はない。いつだって愚痴しか聞かされない。話題がセクハラに及ぶとランディ自身がセクハラされているようなスリリングな気分になる。『あんのエロおやじ、私の下半身を見てニタニタ笑うのよ!!』と息巻くシルベーヌに『どうやってブラ下がってるモンを隠してんのか想像してたんだろ』と反撃したら途端に蹴り飛ばされた。

「謹んでお断りだ。ルマが待ってるからな」
「わかったわよ」迷惑そうに手で何かを払う素振りをしてソッポを向いた。「愛妻の手料理には負けるわ」
不意にランディは驚愕の事実を思い出した。

デヴィッドからランチに誘われる事は珍しくないが、デヴィッドが食後に女子をテイクアウトするのも必定だった。そして毎度ランディにも『オマケ』というノルマを課してくれた。帰宅後、毎回ルマに勘づかれオシオキされて泣いたものだ。だから、シルベーヌをランチに同席させてデヴィッドのノルマから逃れようと思った。如何にドン・ファンでも一応"女"と自称するシルベーヌが一緒なら女子のお持ち帰りなどしないと踏んだのだ。
甘かった。

ぷちっと ぶんこ
petit lettre
CLIB NOTE
† Pot aux Roses... †

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