Pot aux Roses...

□† 秘密 †
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穏やかスマイルが基本のエーリック大尉も流石に怪訝な目で自分に向けられたバーロン大佐の手を一瞬見つめた。そして心配そうに向こうにいるランディに視線を移す。エーリック大尉はランディの部下だ。バーロン大佐に従う立場ではない。
珍妙な光景だとランディは感じた。バーロン大佐は厳格な人物で、こんな越権行為を侵すようなウッカリ屋ではない。いつも通りの無表情で平静を装ってはいるけれど、バーロン大佐でさえ慌ててしまうような緊急事態が起こっているらしい。
ポーカースマイルでエーリック大尉の不安に応える。
「そこで待っててくれ。必要なら呼ぶよ」
ランディが言い終わると同時に、バーロン大佐がロビーに通じている秘書室の扉を慇懃に閉めた。
「お二人とも、こちらへ」

参謀総長のオフィスは、デスクの他には大きめのリビングセットが置かれている程度の、広さが際立つ"ガラン"とした部屋だ。内装は明るいが、格調高い所為で空寒い。バーロン大佐は主のいないオフィスを素通りしてベッドルームの扉を開けた。ランディが何気なくジョディに振り向く。ジョディは口許を引き攣らせていた。
ベッドルームはランディの『俺の部屋』よりもゴージャスで、オフィスに隣接しているのにご丁寧に"執務室"まで用意された念の入ったスイートだ。寝室は2つ。ベッドルームではなく宿舎と言うべきだろう。

バーロン大佐が寝室の扉をノックして静かに開く。「連れて参りました」とランディからは死角になっている空間に向かって頭を下げた。そこに参謀総長フェルディナン元帥閣下はいらっしゃるらしい。
ランディも寝室に入りミシェルを見つけたが、その恰好はどう見てもパジャマだ。髪も濡れている。風呂上りかと不意に鼻で笑った。
ミシェルもランディを見たと思われるが、ぼんやりしていて反応はない。カウチに腰掛けて無気力に煙草なんか吸ってるだけだ。
目前を進むバーロン大佐の目的地はカーテンに覆われたベッドのようだ。このベッドにミシェルが呆然とするような現実がある訳であるが、さて、それは何だとランディの頭もグルグルと回転した。
ここに居ちゃいけないようなオンナでも死なせたんだろうか。エリザベートが死んでいるのかも知れない。でもそれならランディは必要ないし、ジョディは尚更不要だ。

ランディが傍まで来るのを待って、バーロン大佐はベッドのカーテンを大きく開けた。やはりベッドの上には人間らしき程度の物体がありそうだが、ダウンケットが掛けられていて断定は難しい。
「ボルドワール大佐」
硬質なバーロン大佐の声が響く。
「これを、お引き取りください」
勢いよくダウンが取り払われた。
同時に長いブロンドの髪も舞い上がる。キラキラと光を反射させて、はらり、はらり、と持ち主の肩や背中に落ちていった。うつ伏せ気味に丸められた身体は小さく肩が動き、死んでいるのではないとわかる。シーツと同じくらいに真っ白い肌。鎖骨には、聞いていた通りの"花びら"いち枚。
そして、場違いな血溜まり。
血溜まり。
ぐにゃりとランディの視界が歪む。
"鮮血"のフラッシュバック。
その瞬間、死んでいるのだと思った。揺すっても叫んでも、恋人は動かない。
血溜まり。
絶対に刺されたか、撃たれたのだと思った。服が乱れていたかなんて覚えてはいない。とにかく脱がして確かめてみた。
何処にも血が吹き出すような傷はなかった。
傷は、なかった。
それは、誰にも知られずに息づいていた存在からの、最初で最後の自己主張。
ルビー色で表現された聴こえない産声。

ぷちっと ぶんこ
petit lettre
CLIB NOTE
† Pot aux Roses... †

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