Pot aux Roses...

□† 秘密 †
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素っ気ないランディの応えに、エーリック大尉も憂いを声に込めた。
「奥様にはご相談されなくてもよろしいのですか? そのような裁判でしたら奥様のプライバシーにも関わりますが……」
「どうせ書いてあるのは俺の事だけだ。あいつには関係ない。それにな、一般常識問題集に掲載されそうな裁判だ。もうプライバシーじゃないね」言って、心配顔のエーリック大尉に、ニヤリと笑って見せた。「それより『少年』とかっていう方を何とかして欲しいよな? これじゃ、まるで俺が中学生みたいだろ」

ランディが方向を変えた話題にエーリック大尉は思わず吹き出しそうになって、慌てて誤魔化した。正直なところエーリック大尉もランディには件の著者と同じ第一印象を抱いていたからである。

エーリック大尉は、ランディの連隊長就任に当たり専属の秘書官として連邦の前線司令部から異動してきた。これはエーリック大尉自身の希望で、近衛が捜して引き抜いてきたのではない。連邦から打診された近衛は『実戦経験があるなら是非指揮官として迎えたい』としたが、エーリック大尉が頑として内勤希望を譲らなかった為に、ざっと半年は保留にされていた。それが実現したのは、そんなエーリック大尉の存在を知ったランディが条件丸呑みで引き受けたからだ。
前線司令部でもランディの有能ぶりは熟知しており『どうしてもフランス陸軍が手放さない』と幹部共がボヤく程である。エーリック大尉にも噂だけなら実例つきで聞こえていた。
だから感謝と期待を胸に抱き、正式に異動する前に挨拶だけでもしなければ…と、エーリック大尉はランディを訪ねたのである。

ところが副官ボルドワール大佐のオフィスには見習い(?)らしき高校生ぐらいの少年がデスクに向かっているだけ。戸惑っていると副官の秘書が少年を手で指し示し、一言。「ボルドワール大佐です」

その瞬間の衝撃を、エーリック大尉は今でも忘れていない。もしや揶われているのでは、と暫く疑心暗鬼にもなった。恐る恐る自己紹介を済ませ、配属の挨拶をしようとしたら、突然「もうすぐ女房が来るんだ。用件は手短に」と注文された。
初対面なのにランディからの挨拶もなければ当然労いの言葉もない。そのうち本当に妻がやって来てランディと二人でベッドルームへ消えてしまい、エーリック大尉は本気で我が身の先行きを不安に思った。
仕方がないからランディに関する資料を可能な限り掻き集め、第一印象とキャリアを結び付ける努力をしたものである。

資料の中のランディは、なるほど連邦のおエライさんが嘆くのにも頷ける実力者である。しかしオフィスの中のランディは秘書が嘆きたくなるのも当然な我儘小僧だった。
毎日ランディのオフィスに通い、その様子を窺う。余程デスクワークが嫌いなのか、書類を睨みつけ、ペンを玩ぶ。来客の報らせには「待たせとけ」と言うのに、妻が来れば待たせない。

当時の秘書はやれやれと首を振り「まるでサカリのついた猫だ」と愚痴る。「あれで年内には父親になるというのですからな。貴族は自覚などなくとも親にもエリートにもなれるらしい」
物凄い悪意に面食らいながらも、仕事は出来るのでは?と尋ねれば「わかりませんな。オモチャの兵隊で遊んでいるのと同じ感覚なのでしょう。大佐の人事案には賛成する者などおりませんよ。親しい者しか重用されていませんからね。違うと言うなら、2年も仕えてきた私を幕僚に推すぐらいの事はするでしょう」

ぷちっと ぶんこ
petit lettre
CLIB NOTE
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