Pot aux Roses...

□† 秘密 †
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観光大国になったフランスは、その国土の大半が《公園》で、17・18世紀の景観を売りに観光客を呼んでいるから、殆どの国民が地下都市で生活している。その商魂たるや凄まじく、公園とされた地域ではアスファルトで道路も作れない。公園内の移動手段は基本が徒歩。エンジン搭載の乗り物は利用したくても路面が怪しくてまず無理、と言うより禁止。救急車も消防車もパトカーも走れません(住民の日常生活は一切無視)。でも馬や牛は歩けます!? 冗談抜きに馬車は豪華な貴族仕様から、おっそろしくみすぼらしいのまで豊富に駆けている。日常生活では不要なアイテムであるから、人力車のように主に観光客が使うのだろう。御者がフェルゼン伯爵だったら迷子になりかねない。そしてお客様からの要望が多かったとかで大分時代が進んだ頃に路面電車が登場した。それから水上バス。

近世のルイ王朝爛熟期に栄えたロココ文化を愛するパリも例外ではなく、パッと見た目は石造のパビリオンだ。よく見れば長年の戦渦の痕もまだ残っているが、何事もなければキレイに修復されていくだろう。古き良き街並みが人々にノスタルジーさえ錯覚させる。
そんなパビリオン内で暮らしたり働いたりしている人は少ないらしい。ステータスと言えそうだが、自慢できるかは怪しいところだ。それでも朝日を受けて目覚める日常が奇跡であれば、そこに価値を見出すことは出来る。

地下は深く深く何層にも重なって街が造られ、恐らくGPSも3D表示でなければ役に立たなくなっている。潜れば潜るほど都市としての機能は弱まり社会の矛盾点・問題点を浮き彫りにしていく。人の造る社会など古今東西押し並べてそんなものだ。
しかし、どんな社会だろうと人は何とか生きていくものである。人間は、隣人さえいれば"らしく"生きられるものなのだから。

パリ6番街。その地下は近隣の官公庁やオフィスビルで働く人々のアフターワークを癒す【Pleasure grounds】。色んな意味で欲望を満たし、願いもある程度は叶う。基本、大人専用の街だ。これも"潜れば潜るほど"年齢制限はキツくなる。終いには5分後に死ぬ覚悟が必要な場所に辿り着いてしまうかも知れない。治安云々以前に、素人の工事で勝手にエリアが拡大されていたりするから、思わず迷子になったりウッカリ閉じ込められて餓死ったり、手抜き工事の被害にあったりする可能性があるのだ。役所が把握していない住所とかがありそうだから、6番街に限らず人跡未踏的な世界は覗かないのが無難であろう。
勿論、上層は華やかで健全な店舗が立ち並ぶ。一応は繁華街だから『PG指定』だろうが、『R指定』の下層に比べれば断トツに安全である。

その6番街の一等地にBAR『Roche』はある。

『Roche』は小さな店で、マスターのロッシュが一人でやっている。落ち着いた雰囲気が人気で上客も常連客も多く、情報誌には『デートスポット』として紹介されてしまう程なのだが……何しろキャパが激低だ。カウンターには14席。しかしロッシュは8人程度の客しか受け入れない。小さいと言っても、仮にも一等地に構えている店だから、店内の空間は広い。テーブル席も幾つかは用意されている。ただしテーブル席に座ったら何から何までセルフサービスなのだ。何故ならロッシュはカウンターから出てこないからである。
軍事施設(の一部)まで観光の売り物にしている国に生まれ育ちながら、この商売っ気のなさ。しかしロッシュは生活の糧ではなく道楽でやっているのだから仕方ないのだろう。

ロッシュ(年齢不詳。多分オジサン)は嘗てはパリを裏で牛耳っていたマフィアの重鎮だった。ボスと呼ばれていた頃は強面のおニイさんたちを大量に侍らせていた事だろう。ところがある時、急に厭世観に囚われ引退してしまったのだ。だから今は我儘な店主としてスローライフを満喫している。

ぷちっと ぶんこ
petit lettre
CLIB NOTE
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