太陽
□《第九章》
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灯りの漏れている店といえば、酒場か娼舘くらいだった。
ユーリが眞魔国に喚ばれるようになって、今でこそ王都に落ち着いたコンラッドだが、それまでの満たされない十数年間には、異国を旅する機会も多かった。
スヴェレラの首都は規模こそ大きいが、夜間は活気を失っている。
酒場には酔いどれた兵士がしこたま居るのだが、娼舘に若い女の姿はない。皆が皆、女房殿への貞節を誓い、健全な恋愛しか求めないのだろうか。
「気分が悪い」
黙って横を歩いていたヴォルフラムが、久々にぼそっと呟いた。
「この街には法力に従う要素が満ちている。しかも法述士の数も多い」
「俺には魔力の欠片もないから、そういうことは判らないけど。辛ければ宿で……」
無闇に歩き回っても、収穫があるとは限らない。
「うるさい」
憎まれ口をきく気力があれば、いきなりぶっ倒れたりはしないだろう。
次男は弟の強情さに溜め息をつき、帰れと言うのを諦めた。
数年前に法石が発掘されてから、この国の気候はおかしくなった。
乾燥地帯に位置するとはいえ、雨期には充分な降雨があったのに、それがほとんど見込めなくなったのだ。
作物や家畜は生き延びられなくなり、食糧の自給率は最低となった。
その代わりに希少価値である法石は、世界的な市場で取り引きされた。上質の物はかなりの高値がつき、逆に質の劣る物は国内に安価で流れた。
屑同然の規格外品なら、法力を持たない者までバザールで買えるという。
もっとも石で儲けているのは一部の富裕層だけで、民の多くは雨不足に乾いて飢えていた。
飢餓による不幸な犠牲を出さずに済んでいるのは、家族のいずれかが働き手として、採掘場の労働に従事しているからだろう。
本当に質のいい法石は、女子供の手でしか掘れないと言われている。
淑女のいない娼舘の前を過ぎてから、コンラッドは異父弟の様子を窺い見た。
「そんなに法力に従う要素が多い街で、グウェンダルは力を使えるだろうか」
「魔術や魔力に頼らなくても、兄上は充分に立派な武人だ。
だが、正直なところこれだけ魔族に不利な土地で、魔術を自在に操れるのは、母上と……」
エメラルドグリーンの瞳がくもり、整った眉がひそめられた。
ヴォルフラムは、らしくなく俊巡する。
「………スザナ・ジュリアくらいしか、思いつかない」
「そりゃ大変だ」
特に気にするふうもなく、コンラッドは二階建ての角を曲がった。
表通りを一歩離れて路地に入ると、たちまち光が少なくなる。
ボストンやデュッセルドルフの街角みたいに、心強い街灯はどこにもない。
店や家のランプが消えてしまうと、頼りは月と星ばかりだ。
「他の隊の誰か一人でも、陛下と接触できればいいんだが」
「首都で合流と言っていたんだから、ぼくらを待っていないはずがない。宿屋に泊まっていなかったのは、例によってユーリの我が儘だろう。
あいつは旅を娯楽か何かと勘違いしている」
それはお前だよヴォルフラム。
次男はなんとか笑いを堪えた。
ちょうど娼舘の裏手に来たとき、地下室に通じる石階段から、小柄な影が走り出てきた。
避ける間もなくこちらにぶつかる。
子供よりはいくらかしっかりしているが、大人とは言いきれないような体つきだ。
「あっごめんなさ……」
「ユーリ?」
違う名前を口にしてしまい、コンラッドは自分でも驚いた。
記憶の彼方の姿とは、声も背格好も……。
「似てないぞ。何を勘違いしてるんだ」
ヴォルフラムが不満げな声をあげた。
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