太陽
□《第八章》
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都市への道は確かに砂漠っぽかったけど、アラビアのロレンス風衣装よりもテンガロンハットが似合うような、岩とサボテンと枯れ草の荒野だった。
地球儀で指差すならアリゾナだと思う。
岩陰で火をおこししゃがみ込むと、野営の準備はそれだけで終わってしまう。テントもなければシュラフもない。
水と干し肉だけの夕食を黙々と摂ってから、することもなくて焚火を見つめていた。
さっきから誰とも話していない。もうすぐ言葉を忘れそう。
月が青い。星が白い。
火の傍に寄ってもまだ寒い。
「………コンラッド達、大丈夫だったかな」
ぽつりと呟いた疑問に、帰ってくる言葉はない。
ふと焚火から隣にいる長男に視線を移すと、彼もあたしを見ていた。
いや、正確にいうとあたしのお腹あたりの……。
「……バンドウくん?」
そう、グウェンダルはあたしのベルトにかかったままの、バンドウくんのキーホルダーをじっと見つめている。
重低音ボイスで強面のフォンヴォルテール卿だが、小さくて可愛らしいものを愛するという、意外な一面も持ち合わせているらしい。
半信半疑で聞いていたけど、熱い眼差しでイルカのキーホルダーを見つめているところからすると、情報は確からしい。
「ひょっとして、欲しい?」
「……いや、見るからに貴重な物らしい」
そんなことないけどね。
あたしはベルトからキーホルダーを外して、グウェンダルに差し出した。
「あげるよ」
「………いいのか?」
「うん。貴方のほうが、大事にしてくれそうだし」
高価な宝石でも受け取るみたいに、グウェンダルはアクリルのイルカをそっと握る。
「名前は?」
「バンドウくん……か、エイジくん」
「バンドウエイジか。可愛いな」
今までにないくらい穏やかな空気が辺りを包む。
今なら落書きや石ころではなく対等に話ができるかもと思って、天の光を眺めながら、あたしは道連れの名前を呼んだ。
フォンヴォルテール卿グウェンダル、手錠で繋がれた不運な魔族。
「グウェンダル、訊こう訊こうとは思ってたんだけど、コンラッドやヴォルフラムや兵士の皆は本当にあそこから抜け出せたの?
それ以前にどうしてニューカラーバリエのパンダが、あたし以外の人には見えなかったの?
あとドジふんで手錠なんかされちゃったのには責任感じてるけど、途中でいくつも手頃な石を見かけたのに、鎖が切れるか試しもしないのはどうして?
ガンガンやれば何とかなるかもしれないじゃない」
グウェンダルは火の光の当たる顔半分だけで、不機嫌そうな表情をつくった。
「全てに答えろというのか」
「……できたら」
プレゼントでご機嫌を窺ったのに、どこまでも謙虚な小心者ぶりだ。
「いいだろう。まず砂熊に関しては、我々にも気の緩みがあったことは否めない。だが本来あれは、小規模な砂丘に生息する種ではない。
ということはスヴェレラの人間どもが、国境の行き来ができないようにと、人為的に放ったものと考えられる。
内戦の名残か密売人の妨げか、その辺りのことははっきりとは判らんがな。実は数年前にスヴェレラでは法石が発掘されたのだ。
各国の法術使いは、喉から手が出るほど欲しがっている。不法に儲けようという商人が、それを見逃すはずがない。
貴重な法石を国外に持ち出されないようにと、国境に、危険な罠を仕掛けたのだろう」
地球では絶滅器具種だというのに、ここではトラップの一環なんだ。
「しかもこの地域は戦乱の歴史が長い。
つまりそれだけ法術が発達しているということだ」
「まって、その法術ってなに?魔術と法術ってどう違うの?」
教育係の仕事だろうと、グウェンダルは眉間に皺を寄せる。
しかしイルカ効果は絶大で、話を終わりにはしなかった。
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