太陽

□《第十章》
2ページ/24ページ






洋式トイレに流されるというアンビリーバボーな奇跡体験の後に、やたら顔のいい人達に取り囲まれて、今日から貴女は魔王なんですなんて告げられたら、誰でもこれは夢だと思う。

あたしもそう思った。

夢なら早くさめて、現実世界に戻してと眞王とかいう偉い存在に、祈って祈って祈り倒してみたりもした。

けれどもう、そういう段階は通り過ぎてしまった。

落ち込んでいる暇はない。サインしなきゃいけない書類は山積みだし、考えなければいけない問題も次から次へと湧いてくる。

会わなければならない要人の数といったら、行列のできる店かと呆れるくらいだ。
それらを弱音を吐きつつなんとかこなすあたしの姿に、教育係で王佐でもあるギュンターは、うっとりしたり涙を流したりと忙しい。

頭脳が平均的なあたしだから、ほとんどの雑事をこなしているのは彼自身なのだが。




少しずつ読み書きもできるようになってきた。今のところ優秀な三歳児程度だけど、習ってもいないような小難しい本のタイトルを、指でなぞっているうちにあっさり読めてしまったりもする。
英会話教材の宣伝にもあるように、いきなり才能が開化する日がくるのかもしれない。









灰色の階段をおりて中庭に出てみる。
朝の光を浴びて冬芝がきらめき、草の下には霜柱が立っていた。



「……寒」




吐く息が白い。


握った指先まで悴んでいて、澄んで冷たい空気を急に吸い込んだせいか、鼻の奥がつんと痛んで涙が出た。






次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ