べーこんれたす缶

□six of the one , half dozen of the other
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古文の教科書はそれはそれは無駄に分厚く、振りかぶられたそれは小気味いい音をたて黒髪を少し乱した。



「いてっ!」

「俺の授業で寝るとは。いい度胸してるな、伊達。」




古文の教師である片倉小十郎は、底無しに人気のある教師だ。

授業も分かりやすく、生徒のことを一番に考えている。真面目で仕事も早い。人相は少し(いや、かなり)悪いが、性格はとても温厚。女生徒にはそのギャップがまた堪らないらしい。授業でわからなかった所を質問すれば、倍の知識が噛み砕かれた状態で返ってくる。誰にも言えない悩みを相談すれば、親身になって一緒に悩みぬいてくれる。性別も学年も関係なく、むしろ他の教師からも好かれている。

つまりは完璧な人間なのだ。
(お説教がいやに長いこととたまに落ちる雷の威力は玉に傷だが)


恨みがましく、キッと睨みつけると。政宗だけにしかわからないほどの些細な変化。小十郎は小さく笑ってみせた。不覚にも心臓が飛び跳ねる。すると授業の終わりを告げる鐘が鳴り、そのリズムに合わせて緩やかに鼓動が加速した。




「…、後頭部が痛てえ」

「大丈夫でござるか?」

「本当、政宗は目ぇつけられてんな、お前古文の後はいっつも頭押さえてんじゃねーか」

「目つけられてるっていうか、伊達ちゃん嫌われてんじゃない?だって図体でかいチカちゃんが寝てても何もないっておかしいじゃないの」

「くくっ、嫌われてる、か。そーかもしんねーな。ははは!」




元親も佐助も幸村も、一斉に『?』を頭上に散らした。今の話の流れの一体何処が政宗のツボにはまったのかが不思議で仕方がないようだ。そんな三人をよそに政宗はケラケラと笑っている。



「あ、そうそう。久しぶりに今日はどっか寄ってかない?」

「お、いいじゃねえか。じゃあ…

「悪り。俺はパス」

「む、何か用でもあるでござるか?」

「Ahー、ま、そんなとこ。」

「何だよ政宗。最近付き合い悪いじゃねーか」

「どっかで女でも作ってんじゃないのー?」




するとまた政宗はくつくつと喉を鳴らして更に、甘い甘い蜜に隠された毒のような妖しくも美しい笑みを浮かべた。


じゃーな。と素っ気なくそれだけ残して家とは真逆の方向へ軽やかな足取りで進む政宗を、三人は校門の前で姿が小さくなるまで見ていた。

尾けてみるか。と元親が提案したが、伊達ちゃんは勘が鋭いからすぐにばれるでしょ。と佐助が有無を言わさず却下した。


弾む足を見ながら幸村は、政宗殿は忙しい方なのだ。と思った。
ぴょこぴょこ跳ねる頭を見ながら元親は、抜け駆けしやがって政宗の奴!と思った。
いつもとは違う雰囲気を感じ取った佐助は、掴み所のない人、何考えてんのかさっぱりわかんね。と思った。




「……某、団子が食べたいでござる。」

「「飽きたから嫌だ。」」
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