novels of original butlers

□eternally green
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ハルちゃんの気持ちは知っていた。

彼女はシンの妹であり

九条院家のお嬢様。

かたや俺は、しがない英語教師。

そして―――





『教師』と『生徒』。


『お嬢様』と『一般人』。





仮に恋に落ちたとして

どれだけリスクを伴うものなのかは一目瞭然。




そして、彼女が俺を望んでいても

純粋な瞳、真っ直ぐな想いに

きちんと向き合えるほどの覚悟は

俺には、出来なかった。




もし、俺がもう少し若ければ。

もし、俺が上流階級の生まれであれば。

もし、俺が・・・





ハルちゃんを、好きになっていれば。






きっと、白凛で教鞭を篩ったり

ひいては執事服を着ることさえも、なかったであろう。





俺は彼女に恋をする前に

自分を諦めた。



恋という名の駅に向い

走り出そうとする電車から

自ら飛び降りたんだ。




敷かれたレールの上ばかりを歩いてきたとは思わない。

それなりに自分の意思を持って

漠然と未来形成をして

俺のやり方で進んできたつもりだ。




けれどどこかで、タブーを侵しそうになる自分に

目一杯ブレーキをかけたのだろう。








いま、ハルちゃんは幸せそうに

トモくんの隣で笑っている。

その笑顔は、昔の面影を残していて

針でちくん、と刺されたような痛みが走ることもある。





始まらなかった恋。

踏み出せなかった一歩。






ハルちゃんと俺は、信頼という絆を結んだ。

その後に出逢い、心底大切にしてきた翠を亡くした。





終わってしまった恋。

避けられなかった別れ。









トモくんとハルちゃん。

トオルくんと志帆さん。

楠瀬と友ちゃん。

樫原さんとコタくん。

りくとソラくん。

コーダイくんとまりもちゃん。

ソウくんと蜜姫ちゃん。



そして・・・




シンと、夏実さん。







みんな、それぞれに想いを育んでいる。





ひとりでいることが

淋しいと思うこともあるが

ふたりでいることが

幸せであるとも限らない






両方を知った今、身に染みてそう感じる。









出会いとは、簡単に転がっているようでも

気付かなければ発展することもない。






けれど、俺は・・・





翠と似ているようで

全く違う彼女の雫が

俺の心に

ぽたり、と染み込んだのが

はっきりとわかった。








とてもよく晴れていて

庭の木々たちの織り成す緑のグラデーションが

美しく眩しかったあの日






叶うのならば

全ての時を止めて







翼に乗せて

彼女のことを

攫いたい―――










小さな雫の齎した染みは

緩やかな時を経て

俺の中に

確実に

浸透することとなる










―――――


『恋は下心、愛は真心』

誰かがそんな言葉を呟いていたことを思い出しながら

俺は胸ポケットから、煙草を取り出す。

箱を開こうとして・・・

パッケージを見ながら、俺は自嘲気味に微笑んだ。






「Marlboro MENTHOL」





こんな些細な事で、笑うことができるなら

ひとりより、ふたりでいたい



どんなに理由をつけても

どんなに建前を繕っても

心の奥底に灯った種火は



きっと、消えることはないと思いながら・・・

俺は、緑色の煙草の蓋を、指先で閉めた。


















eternally green
(ふたりを結ぶは運命の緑色の糸)






fin.



⇒あとがき

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