Novel

□Null
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「あと少し、か。」

天井を見上げ、何も無い虚空へ手を差し伸べる貴方は、私に笑い掛けながら言いました。

鋭く光る獣の瞳は、一瞬だけ何処か寂しげに光を閉ざしたように見えましたが、強く吹いた風に貴方の琥珀色の髪が靡いて、其れを隠してしまいました。

何処までも、欺くのですね。

俺はそんな貴方に、何にその手が届くのかとは聞けませんでした……─────





数年と数ヶ月。
貴方は見た目こそ変わらないものの、誰が見ても変わり果てていて……もう貴方が、出会った頃の貴方では無い事を、嫌でも理解せざるをえない状態でした。

蒼の瞳から垣間見えていた凛々しく気丈な光は、今や曇り光を閉ざし虚ろで。

最早優しく力強い貴方ではないと知らしめています。

寂しげな淡い影が、朱い光が、貴方を照らし出しています。


照らし出されているのはお互いに同じなのに、傍に俺が居ても、まるで生きている世界が……次元が違うかのように感じます。
何を目的に、何を理由に貴方が今を生きているのかが解らないのです。


誰も居ない場所へ何かを呟いて。
返事など無い筈なのに、何故か違和感が無く。
遠くを見つめる貴方から、自ずと別離が近い事を悟りました。


「ボス、……」
「……ありがとう。」
「……何故、そんなことを言うんですか。」
「……なんとなく、だ。」


不意に宿った懐かしい瞳の光を、ただ一つの礼の言葉に置き換えて、唯一変わらない大きな手で優しく頭を撫でてくれました。

昔は嬉しかったその行為。

しかし今は……自分が如何に小さく無力なのかを思い知らされているようでした。



そしてそれを皮切りに、貴方は完全に今を捨て去り、過去に縛られた人形になりました。

強いと信じていた貴方は意外にも脆い存在で、思っていた以上に人間味溢れる人であったのだと……まるで貴方を俺と同じ人間では無いと思っていた様で、可笑しく思えました。


深い琥珀色。
淡い蒼色。
大きな背中に、響き溶け込む低い声。
残り香は、苦味走った葉巻の香り。

もう、見れないものになるなのだなと……感じることもなくなるのだなと……

辛くはなくとも、酷く哀しくなりました。


せめて俺だけは最期まで貴方の味方であり続けよう。
俺の空白を埋め、そして与えてくれた貴方に、今度は俺が貴方の空白を埋め、与えよう。

例えそれが無駄だと解っていても。



居なくなろうとしている貴方に捧ぐ、鎮魂歌。
(それは俺自身の意思)



end
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