Novel

□Gentle finger
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───朝からずっと悶々としている気がする。

自棄糞というか投げ遣りというか、何せ気分は最悪。
だらだらとした動作でテーブル中央のカップに手を伸ばす。

「……ぬるい。」

半時間以上放置してある紅茶は、もう何だか淀んだ思考を象徴しているような気がするくらい温かった。

情けないが、もう溜め息しかでない。


夏の割には涼しい風が開けっ放しの窓から入り込んでは、部屋の中を掻き回す。

ベランダでは洗濯物が棚引いている。

外は快晴。

お陰で少し伸びた金髪も日の光を浴びてうざったらしいくらい輝いている。

今の自分の機嫌とは正反対。
一層の事、曇っていてくれたらまだましだというのに。




久々の長期休暇。
しかも三日目。
普通の若いのなら意気揚々と計画を立てるだろうが、俺にとっては暇を持て余す以外の何物でもなく。

思い付くと即座に行動する俺も、今の状態ではそうもいかない。

同居している恋人がこの場に居るなら……何時もの様に彼と仕事をしていたのなら……と、考えてしまうだけで。
正直、一緒に過ごすなら何処だって楽しい。
が、肝心のその人が居ないので楽しいもへったくれもない。元も子もない。


そして振り出しに戻る、か────

こんな調子で朝っぱらから考え尽くしている。

────この際妥協案なんてのも有りかな。

楽しいとは言え、何時も神経を尖らせている職種だ。
仮眠程度の質の悪い眠りばかりだから、自覚は無くとも身体は疲弊している筈。
仕方無くソファーに寝転んでみる。

意外に気持ち良く感じる、ということは、案の定、疲れは溜まっていたらしい。

機嫌の悪さも手伝って、直ぐ睡魔が訪れて意識をかっさらっていく。


────寂しさ紛らわせに寝てしまおう。

彼の居ない休日はつまらないから、暫く意識を別の場所に移して考えないようにしよう。
そう思いながら眠りについた。








「……ぅ?」


気が付いたら、意識が現実に戻っていた。
寝ていた頃と、状況が違う事に気付いたからだ。
しかし今は何をされても起きない位深く眠っていた筈だ。
普段は幾ら睡眠障害並に浅くしか眠れないとは言えども、だ。

なのに、そんな状態でも何かを察知して現実へ戻されていた。

何故そう感じたのか?

疑問を抱き、何となく気配を探ろうと努力した。
しかし一度堕ちる所まで堕ちた意識は直ぐには戻る事は出来ない。

───面倒だ……

拡散していた集中力をどうにかこうにか集め、漸く五感が機能し始めた。


部屋の大半を金属質な音が支配し、その上辺りがやたらと鉄臭いし火薬臭い───でも決して耳障りだとも鼻をつく嫌な臭いだとも思わない。
その音を発てている物には慣れ親しんでいるし、独特の臭いもそれには付き物だから。

軽く伸びをして、原因を目に捉えた。

様々な部品をさらけ出し、バラバラにされたCOLT M1911A1。
最早原型が見られない。


そして、それを弄っている人物も直ぐに解った。

ブルネットの柔らかそうな髪と、水に蒼の絵具を落としたような瞳の持ち主。
良い歳をしている癖に、無邪気で可愛らしい変な奴……───同居人であり恋人の彼。

しかし何処かしら影を持っている。その上、妙に達観した一面も見せる。
要するに、全く詠めない。


───流石はガン・マニアと言うべきか。
常からメンテナンスを兼ねて改造をしたりするのだから、手先は器用に動くし、彼の表情と淡い蒼の瞳は余裕こそあれ真剣そのものだ。


まぁ、自分も人の事は言えない。馬鹿みたいに銃が好きだ。
撃つのは好きだし腕前も自信は有る。
だが、如何せん……どう足掻いても知識だけはまだひよっこな俺は、彼のような芸当は出来ない。
差し詰め見ている事くらいしか出来ない。
だけど、せめて少しでも彼に追い付きたくて、黙ってその手を見つめて技術を盗む。

認めてもらいたいから。
誰よりも彼に。




「こうした方が良いか……?」

ぼそりと呟かれた独り言。ふと彼を見れば、長い濃褐色の睫毛を伏せ、瞳を悩みの色に染めていた。

そして体の大きさに相応しい手を、器用に動かしている。

其処で気付く。


───……やけに綺麗に見える。

歴戦を繰り広げてきた筈の手は、長い指を淀みなくしなやかな動きをしている。

女の手には全く見えない。
寧ろ筋張っていて、見た目で男のものだと解るが、その手は酷く綺麗で優しく見えた。


何故か脈が僅かに速くなる。頬が少し熱い。

そして運悪く顔を上げた彼と目線が合い、とても気恥ずかしくなるが……何時だって反らす事なんて出来ない。


「あ、起こしたか……顔が赤いな。」
「っ、いや!別に……」
「……熱でも出たか?」

しどろもどろになりながら言い訳をしようとしたら、その手が額に当てられた。
しかも、顔が近い。


「っ、じ…ジョン!」
「ん、何だ。」
「大丈夫、だから、その……手を退けてくれ。あと、近い。」
「あ……悪い、別にからかってた訳じゃないんだ。」


天然の彼にしては、察するのが早かった。
苦笑いをして素直に謝ってくるから、悪いことをしたなと思いつつ、何処かでそんな優しさに安心していた。

親の愛情を俺は知らない。
兄弟も居なければ、友も知らない。
心理は知っていても関係に疎い。
でもそんな俺でも、彼はとても人間味溢れていて愛情深いと思う。

勿論、良い意味で。

知らない俺に、これが愛情だと教えてくれるように接してくれた。
物凄く暖かい。

何時だって俺は、ジョンのそんな所が好きだ。

たぶん、惹かれた理由もそれだ。


「ジョン……」
「ん?」
「大好きだ。」


唐突に言っても、最近は驚かなくなった。
軽く照れる位だ。


「何時も聞いてる。後、答えも何時も言ってる。」

『俺も好きだよ。』


笑って頭を撫でてくるのも何時もの事とは言え、嬉しい。

「もっと好きになる。」
「そいつは有り難いんだか迷惑なんだか……」
「素直に嬉しいと言えよ、ジョン。」
「じゃあ、嬉しいって事にしといてやるよ。」




(あ、そうそう。俺も休暇に入ったんだ)
(そうなのか!)
(だから、今回は一緒に何処か行こうな)
(ああ!行こう、絶対行こう!!)




end
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