Novel

□Sense of incompatibility
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ただ寝転んでいた。

音の判別が出来る位には覚醒した意識、微睡みの中に沈もうとしている身体。

……別段体調が悪い訳でもなく、週間付けている就寝時間でもない。

ただ中途半端な感覚に心地好さを感じて、何時飲み込まれるような睡魔が訪れるか……半分の期待と少しの鬱陶しさを抱きながら堪能していただけ。


───目的意識も無ければ何をする気も無い。


ごろりと寝返りをうつ……と同時に、身に覚えのある音が聞こえた。

枕の下敷きになっている携帯が、着信音で呼んでいるらしい。

その上、面倒な事にメール着信ではなく電話着信だ。


全身に残っていた気だるさが、一気に襲い掛かってくるような感覚になる。

面倒なら出なければ良い……生憎、そこまで子供な対応は出来ない。
そもそも、気付いてしまってからでは気付かなかったでは済まない。
嘘を見抜くのは得意だが、嘘を吐くのは苦手だ。
ややこしいことに、そういう性分なのだ。

手を突っ込んで携帯を掴む。


その行為は、人程怖いものはないと改めて自覚を与えてくれた。
否……前々から知っていたし、自覚さえしていた。
ただ逃げていた。



ディスプレイを見る。
懐かしい……大好きで、大嫌いな奴だった。


半年ぶり。


半年前に何度か電話はあったが、最近はめっきり無かった。
久しぶりに聴くであろう彼の声に純粋な嬉しさと、
あの事件で過去に根付いたトラウマが再発し、薄くでも関係の有る奴に殺したい程の憎さが渦巻く。

歪んでいる。

しかし、彼から電話がかかってくる理由も用件も何の害も無いから、出ない理由は無い。
寧ろ友として、互いの生存確認と現状の確認。あとは他愛ない世間話をするだけだ。

躊躇いつつ、通話ボタンに指を当てた。


「……久しぶりだな。」
『ああ、……元気にしてたかい?』


開口一番に出た言葉は飾りっ気も何もない普通のもの。返された言葉も、同様に飾りっ気も何もなかった。
恐らく知らないから……純粋な気持ちでこう答えてきたのだろう。


だが気持ちは、驚く程澄んでいて、先程までの若干の葛藤が嘘みたいに感じる。


『今回のプロジェクトの出資者は意外と多くてね。』
「そうか……そいつは何よりだ。」
『君のおかげだと思ってるよ。』
「謙遜は結構だ。」
『そういうところ、変わらないね。』


そこから数十分。
やはり予想通りの会話内容だった。

以前の出来事は一切会話に出てこない。
彼なりの気遣いだろう。
紙切れに書いたような、薄っぺらいそれ。
人間同士の付き合い。
社交事例。

楽、だった。


でも昔の……何をどう足掻こうと、切っても切れない深い縁が、違和感に変わってしまっている今。
変わってしまった互いと、変わらずに横たわるそれ。

見てきた過去と背負ったそれが在る限り、楽も苦でしかなかった。


でも、澄んでいた。
笑って話していた。
何処か冷静だった。
当たり障りなかった。

ぎしぎしと、何処かが痛んだ。
空っぽだと思っていた場所には、傷があるんだと解った。

───ああ、空っぽの方が実は楽だったんだ。
自覚さえ失うんだから。


痛かった。


『じゃあ最近は大分落ち着いたから……また連絡するよ。』
「ああ解った。また、な。」


通話の終わりを告げる、一定感覚の電子音が酷くもの悲しい。

気が付けばゆうに三十分は話し込んでいた。

携帯を投げて壊してしまいたくなる気持ちは、何時までも消えない。
そうすれば通信手段は一時的でも消えるから。

縛るのも御免だが、縛られるのも御免だ。



でもおそらく……相手も俺と同じ。

なりたくてなった状況じゃないから。


自分を恨んで、過去を恨んで、血を恨んで、縁を恨む。
しかし、俺を恨んでいなかった。

俺は奴まで恨んでいた。


つまらない理由。

ただ、知っていながら踏み出せない俺は大層弱い。



何時かこの気持ちが沈む事を願った。




end.
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