Novel

□Can you swear it?
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淡い闇が包み込む室内に、二つの重なる影。


「ぐっ、……あ」


ぼんやりと見える互いの肌には、汗が流れている。

室内は特有の臭いで充たされ、空調を入れていない筈の室内は外気よりも数度は室温が高い。


荒い息と快楽を示す声。
喘いでいるのは自分だと解っている。

だが一々考える余裕も、握られたシーツの冷たさも、其を握る手の力も既に解らない程には、体の方に余裕は無かった。

「っ……あ、ぁ」

少しでも快楽を外に逃がしたい一心で、首を横に向けて枕に頬を押さえ付ける。
ふと、視界の端にカーテンの掛かった窓が目についた。

隙間から僅かに見える景色には、月明かりが射しているようには伺えない。

記憶が正しければ、天気予報で宵から雨が降ると言っていたからだろう。

しかし、今はそれが解らない。

壁を隔てているからとか、そういう問題ではなく……天候が変わる前の特有の気配が、情事に至る前までは感じていたのに、感じなくなっているのだ。

もしかしたら、感覚が麻痺をしてきているのかもしれない─────

肌がぶつかる音と、卑猥な濡れた音。
ベッドのギシギシという耳障りな叫びが支配する中、情事特有の嫌になる程の羞恥と、自覚したく無い程の快楽ばかりを体に与えられているから。
だから徐々に五感が水の中に溺れていくように鈍くなり、感覚が混濁しているのかもしれない。



「外が気になるか?」
「……ッ!」

常とは違う優しい声と口調が耳に入り、鳥肌が立つと共に一気に現実に戻される。

有り難迷惑とはこの事だ。

違うものに逸れかけた意識を引き戻してくれたお陰で、醜態を見せずに済んだと一瞬は思ったが。
中に入っているリキッド自身が生々しく蠢く感触に、理性が悲鳴を上げて息が詰まるものだから、前言は撤回された。

うざったらしさと緊張と……嫌な感覚を味わいながら仰ぎ見れば、同じ顔をした男が声色同様の笑みを浮かべている。

「確か、雨が降ると言っていたな?」
「……ああ。」

伺うようにじっと見返せば、伸びてきた手に髪をすかれる。
裏があると思いながら一つ返事で返せば、影が差す視界。

「ん、……」

合わさる唇。

恐らく男の持ちうる器官で最も柔らかなそれが、飽きなど知らない様にすり寄ってくる。
時折食む様に唇を啄まれて、甘い擽ったさが込み上げる。
しかし先程から続いている行為よりも大人しいせいか、触れるだけの口付けはただ恥ずかしくもどかしい。


されるが侭の体に掛かる重みに、ゆるりと手を伸ばす。

普段の体温より、今は熱く汗ばんでいる。
無駄な肉のついていない、鍛えられた筋肉をはっきりと解らせる硬質な背筋が、少しばかり荒い息遣いを伝えてくる。

同じ体格、同じ体質。
流石は双子だと改めて驚くが、あの男のクローンであるのだから似ていて当たり前だ。

遣られっぱなしも性に合わないから、焦らされている仕返しだと背を誘うように指で辿れば、僅かに跳ねる体。

感じる場所も同じ。

……満更でも無い訳だが、妙な感じになる。

己の唇を深く合わせ、快楽に霞んでいるために余り器用とは言えない動きで口内に割り入る。
貪る様に舌を絡めて、零れ出そうな唾液を掬う。

「!……スネーク……」
「……ふ……」

声と共に離された唇の先には、奴の見開かれた蒼い瞳。良い眺めだ。

「……珍しいな。」
「お前が回りくどいからだ。」
「減らず口が好きだな。」

悪戯でもするかのように笑ったかと思うと、今度は奴から深く口付けられた。
そして形勢逆転だとでも言うように、先程のキスで握っていた主導権はいとも容易く奪われた。

成る程、此処までが戦略だった訳だ。

「……ふ、ぅ」

鼻に掛かった自身の声が、また一段と厭らしく聞こえる。
なぞられる歯列、擽られる上顎、快楽を呼ぶように絡めとられて。
激しいそれは、拒否さえ出来ない。する気も無いが。

しかし手馴れた様子で弄ぶ奴に、若干の悔しさと、訳の分からない苛立ち。
焦れたからと誘うんじゃ無かったと後悔に苛まれる。

案の定解放された頃には、力が抜けきっていた。

それを良い事に、胸の上を手が這い、突起に緩く触れられる。
跳ねる身体が憎らしい。

「ぅっ、……あ」
「……淫乱だな、兄弟。」「違う……」
「何処が違うんだ?」
「……っ、やめ」

実に嬉しそうな声で評する言葉を投げ掛けられ、否定の言葉を紡ぐが、甘噛みされる耳に囁かれた言葉に喘ぎという反応を返してしまった事で、全てを肯定したも同然になってしまった。
その事実が頭の中に響いて思考を犯す。

「女の様に啼くのに、か?」
「ちが……う」
「誘ったのに?」
「それッ、でも……違う!」

抑えられない声に苛立ちと情けなさを覚える。

それでも諦めきれなくて、半ば叫びのように再び否定すれば、動きが止まった。

「立派な口だ。」
「ふざけるなっ!」

溜め息と共に僅かに聞こえた皮肉。
言い返すと同時に動き出した彼の腰は、焦れったい絡み付く様な動き。

「っ……はぁ、ん……」
「そうやって求めておきながら、まだつっぱねるか?」

良い処を、掠める様にしか刺激してくれない。
無意識の内に腰が揺れる。堪らないのは此方だ。

男の体にも確かに快楽を感じる器官はあれども、女の様な反応を示してしまうのは男としてのプライドが許さない。
あまつさえくすくす笑われ、もう恥ずかしくて仕方無い。

「淫乱と言われて……ぅ、嬉しい訳が無いだろう!俺は女では、無い!」
「往生際が悪い……ならお前はただの気違いだ。」
「何だと……う、あ!!」

それでも精一杯否定するために絞る様に出した声は、突然抱き寄せられたせいで奥まで押し入って来た熱にかき消された。

「……リ、キッド!」
「認めてしまえば良いものを。」
「何を、だ?」
「ソリッド・アイボリーは淫乱だ、と。」
「なんだと?……!」
「事実だろう?ましてこの俺を相手に。
だが気違いと淫乱ならば、淫乱の方がましだろう?」
自ら俺を引き留めて、家族ごっこをしているんだからなぁ─────

「所詮は互いの利害一致で傷の舐めあい紛いをしているに過ぎんというのに。」
「くっ……」
「貴様は俺と家族として過ごしたいと言った。
俺は貴様に屈辱を与える事を条件に引き受けた。
それでも譲歩してやる為に言ってやったのに……拒否をするとは愚かだな。」


────自ら進んで一番なりたくなかった気違いになったんだぞ、貴様は。

ゆっくりと問われて、黙ることしか出来なかった。


暫くの沈黙。
強く腰に手を回され、抱き締めてきた。
何故抱き締めたのか戸惑う。
覗き見たリキッドには、表情など無かった。

───否、俺には解らない表情だった。
見たことの無いそれに、口を閉ざす。
それしか出来なかった。

言われた事は痛いほど理解出来る。
しかし求めたところで意味は無い……求めるものもない────だが、離れてしまいそうな彼を逃がしたくなくて、無理矢理に繋ぎ止めたようなものだ。

存在を確かめる様に頬の輪郭を辿れば、先程の表情も会話も無かったかのように笑われ、追うように指を絡められて。
そしてもう、それ以上問い詰める事も抵抗もしなかった。




「っ、い……ぁああ!」
「……くっ、ぁ……」

───再開された行為は激しく、容赦など知らないと言うように、逃げようの無い快楽を与えてくる。
漏れ出る喘ぎも最早悲鳴に近い。

絶頂が近いことを知らず様に、自身からは粘性の蜜がだらだらと滴っている。

霞んでしまった景色に、よく判らない色がちらつき始める。

何処か遠くに理性がある気がした。


───奴との行為の時、意識が混濁し始めると何時も同じ事を考える。

組み敷かれる屈辱は何時以来味わう事が無くなったかなどという戯れ言に。

しかし巡らせても巡らせても、記憶など無くて。

(始めから、既に無かったようなもんか……)

もし独りでいたのなら、鼻で嘲笑っていただろう。





何時だったか……この関係が始まったのは。


境遇の類似点。

細胞単位の一致。

または因縁か。


惹かれた事は確かだった。


俺はお前の存在を知ってから狂いだした。
そして……擬似的であれ、家族ごっこ紛いをする事になってから、何時の間にか酷く独りを恐れる様になっていた。

人間的な部分を知らなかった俺が、知りすぎてしまった為か、或いは中途半端に知ってしまった為の代償か……なんともつかない半端なそれは、大きな穴の様な物を生み出していた。



虚しさばかりが積もる。

複雑な思考ばかりが入り混じり、雑音ばかりを残して消える─────


熱くなるのは繋がった体ばかりで、訳の判らない恐怖に苛まれる俺は、冷たい気がする。


其処には複雑なものなど無い筈なのに────



真意が知りたい。

一体、何処に行こうとしているのか……今味わっている感情は、一体何なのか?

縫い付けられた方の手を確りと握りしめて、もう片方の手は彼の背を掻き抱く。
解らない故に、原因に少しでも近くありたい。

暖かさを感じたい。
そうすれば酷く安堵している自分がいた。

女々しくも願わずにはいられない。


快楽を貪っていても、理性が離れない。


減らず口を叩くのは少しでも抗いたいから。

知らない何かに怯えているから。

半端な気持ちで偽り、半端に塗り固められたその関係を悔やむ俺は贅沢か?

愚かか?

自分の気持ちが判らないのは何故?

────そんな自らを、何処かで呪っている……悟られたく無いために、顔が奴に見えないようにその肩口に埋めて。


また……涙が頬を伝う。
枯れたものだとばかり思っていたのに。






静まり返った室内で、眠ってしまった奴を見ていた。
赤い目元に、幾筋もの涙の跡が残っているのだ。
もとより鬱気質な奴だ。

普段は泣き方さえ忘れていた癖に、俺とのSEXの時は何時だって泣いている気がする。

嫌な気分になって、その跡を消すように指で辿った。


でも、内心安堵していた。
気にしていても問うてこない奴に感謝した。

……認めてしまえば、理由を付けて何時でも捨てられるのに。

実際は捨てたいと微塵も思っていない。

だから、想いは心中に留まる。
そしてつまらない事を考える自身に嫌気がさし、たかが戯言であろうと、その言葉は言ってはならんのだと言い聞かせた。


言い訳じみた理由で奴を求める。

答えという雑音を消すために、どこかに空いた穴を埋めるために。


離れられないから。
何故か知らないが、独りでいる事を恐れている自分がいるから。
だから子供のごっこ遊びの延長のようなことを続けている。


光の加減で琥珀色に輝く、スネークの柔らかい髪を撫でる。
それは、囚われる事を拒む様に指の隙間からすり抜けていった。


何時か、離れてしまう時が来る。
若しくは、自らが壊してしまうのではと。
酷く、それが恐ろしい。

その恐怖故に伝えられない想い。

想いを向けられた本人は、気付いていない。

しかしそれで良い。

何時か愛想を尽かして離れてくれる事を願う。
壊してしまう前に。


髪を弄っていた手を、眠る奴の手に添える。

優しい温かさが、何故か恐怖と悲しさ、そして何より焦燥感を呼び起こす。



(愛情故の、哀しい思幕、か……)


自嘲的な笑み、ある筈の無い未来に想いを馳せた。









『愛してる。』




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