Novel
□It embraces gently 〜jupiter side〜
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「変な夢を見たよ……」
「はあ?」
告げてきたオタコンの様子が、何処か奇妙だと感じた。
何がとか、何処がとか、そういう次元の話ではなく、開口一番の言葉が違っただけ。
怪訝な声は、それら全ての意味を含んでの反応だった。
何時も通り昼頃に為れば起きてくるであろう彼を、家事を済ませ、珈琲を啜りながら待っていた。
少なめに入れた砂糖と、少しばかり多めに入れたミルクも、普段と変わらない位には日常的な状態で。
「急に何を言い出すかと思えば……どうした?」
呆れた顔はそのままに、オタコンの珈琲を淹れる為に席を立つ。
湯気をたてるケトルを手に、砂糖は無し、ミルクも少なめにと頭の中で何時もの分量を描きながら。
「だから、変な夢を見たんだ……」
ガタガタと椅子を引き、やる気がなさそうに机に突っ伏した彼の気配。
背中越しに聞こえてくる声は、最後の方が掠れて高くなっていた。
成る程、相当参ってるらしい。
「そんなに変な夢だったのか?」
振り返って問えば、
「変じゃなければ、今頃何時もと変わらないよ。」
と返される。
まぁ確かに、間違ってはいないだろう。
「そりゃそうだ……だが、変と言うよりは悪夢だったんじゃないのか?」
湯気をたてるマグカップを彼の側に置きながら、本音を聞き出すためにからかうように問い質す。
「……ご名答。」
顔を上げて、遣る気が無さそうに此方の出方を伺うような答えを出した。
やっぱり─────
予想通りの答えに苦笑いしか浮かばないのが、最早定石になりつつある。
「……聞いたことあるか?悪夢は人に言えば見なくなるって。」
「あるよ、けど言わない。」
すずっと、行儀の悪い音を発てながら珈琲を啜る彼にそう言えば、全く可愛いげの無い言葉が投げ掛けられた。
「何で。」
「言いたくないから。」
かたんと机にカップを置いて、上目遣いに見つめてくる姿。
気遣いをしたことが無駄になったかと内心溜め息を吐きながらも、正直に言わない奴を憎めないのは……まぁ、あれだ。
しかし、オタコンと過ごすようになってから妙な気苦労を味わうようになった。
それ事態は嫌では無いが、肩でも凝るんじゃないかと首を回していたら、
「ただ、」
「ん?」
君を抱き締めたら、今より楽になるよ────
「……。」
キッチンのシンクが、凭れ掛かるスネークの体重を受けてぎしりと鳴く。
お互いの顔をじっと見つめあう数瞬が数十分近くの沈黙に感じたのは、静かな部屋に、よく解らない空気が流れたせいだ。
。
やっぱり、いずれは肩が凝るだろうか……────居心地の悪さに視線を逸らして考えれば、服の裾をついと引っ張られる感覚。
「駄目、かな?」
出来れば無視をしたいが……仕方なく目線を遣れば、苦笑いのような情けないような、何せ曇った表情が見てくる。
────本当に、どんな夢を見たんだ。
普段にこにこ愛想良く笑っている彼のこの顔は、余程の事がない限り見ない。
途端に心配になってしまった。
「冗談にしては、質が悪いな。」
「あはは、ごめん……!」
何を言うでもなく、ただ腕を引っ付かんで自身の方へ引寄せる。
その勢いで、耳に痛い程の音を発てて椅子が倒れた。
「ちょ、スネーク!?」
「煩い。黙ってろ。」
腕を背に回して力を込めると、距離が近くなる。
頬が触れるんじゃないかという距離。
体温はおろか、息遣いも解る程に近い。
そこで気付いたのは、互いの心音が思っていたより速い事だった。
似ていない筈なのに、二人して表現法が極端で直球だと恥ずかしいんだかなんだか。
馴れない事をする方も、まさか抱き締められるとは思ってもいなかった方も、かなり緊張しているのは確かだ。
「望みが叶ったのに……言った本人が情けない顔をするな、馬鹿。」
「……ごめん。」
本当に申し訳なさそうに謝るから、もう良いと言って癖っ毛を撫でてやる。
正直、優しくするという事がよくわからない。
落ち込んだ人間にどう対応をしたら良いのかを知らないし、照れ臭さからその行為がぎこちない。
でも甘んじて受け入れてくれているなら、悪い気はしないんだろう。
「……世話が焼けるのはお互い様、だな。」
「え?」
不思議そうな目で見上げてくる。
視線の先には、耳まで赤くして顰めっ面をしたスネークがいる。
「こう見えて、意外と繊細なんでな……俺は。」
冗談で言っても、今は信じてくれないだろう。
「君の事はある程度理解してるつもりだけど……そっちの方が冗談にしては質が悪いよ。」
「……ごもっとも。」
二人して苦笑いをする。
その後、離れてからも暫く、気まずいような胸焼けしそうな甘い空気が流れたのは言うまでもない。
end.