Novel
□Liberty
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違う、違う。
あれは私ではない、私はあれじゃない。
私は私という個人で、奴は奴という人間だ。
違う、違う。
彼処で死んでいるのは、私の紛い物だ。
私と殺し合いをしていた彼は、彼ではない。
自由を勝ち取れず無様にのたうちまわっている者は、私と似た誰かだ。
私は、紛い物じゃない。
私は、複製品じゃない。
私は……私は……
「ソ…ッ……ソリダス!」
「……?」
聴こえてきた声に疑問を抱きながら目を覚ませば、彼が、焦った様子で私を呼んでいた。
蒼い瞳は、泣き出しそうな程に潤んでいる。
「……騒がしいな……どうした、何で泣きそうなんだ。」
手を差し伸べて、あやす様に頬に触れようとした時、
「ッこの、泣いてたのはお前の方だ馬鹿!」
「は?」
手首を掴まれて、息継ぎもせず、本当に心配したんだぞと大声で捲し立てられた。
意味が解らない……そう思いながら空いた手で頬に触れれば、温い水滴が指を湿らせた。
確か寝ていた筈だ。
夢は見た気がするが、内容を覚えていないから何とも言えない。
「急に唸りだして……死ぬんじゃないかと思ったんだからな!」
どうしたものかと考えていると、肩を掴まれ背凭れに押さえつけられた。
ソファーが負荷を掛けられて、ぎしりと小さく鳴く。
何時かは壊れるだろう……状況に反して冷静な私の頭の何処かが告げた。
そんな中で見たジャックの顔は、本気で怒っていて、悲しんでいて、不安に満ちていた。
────……私の老い耄れた命ごときで。
まして、所詮は造り物で、紛い物に違いない存在なのに……─────
其処でまた冷静になる。
自身が造り物?
紛い物とは何だ?
訳が判らない内容が頭を過る。
しかし、何故か其れがしっくりと馴染んだ。
(考えるのは無駄な事かもしれん……)
ただ何処か申し訳なく思うのは事実で、彼の意思に反して自身を過小評価して嘲笑いつつも悲しんでいる事は解った。
耄碌したな……何時此処まで弱くなったかな─────
「ソリダス!聞いてるのか!!」
「……ああ、聞いているよ。」
馬鹿馬鹿しくなる程無駄な事を考えている─────
「心配をかけてすまないな。」
「まったくだ!」
─────何時かは死ぬんだ、弱るのは当たり前……考える事自体が今更過ぎる。
「本当にすまない。」
「……もう良い。」
乱暴に、しかし力強く抱き締められる。
普通なら、ただ安心するのだろう。
しかしその行為が酷く心地良くも悲しいと感じるのは、何故だろうか。
今私が感じ、考えている事全てに悲しみが付き纏うのに……理由は在るのだろうか。
もしかすると、夢の中なのか。
ならば今目の前に居るのは誰だ。
幻想と幻覚と幻聴。
抱き締めてくれている優しさ。
綺麗事まみれで、偽善まみれ。
────平和な思考に為ったものだ。
馬鹿話だ。
気付いた時、自然と意識が遠退いていく。
否、元から平和な思考だったのかもしれない─────
私の得たかった自由。
本当はこんな日常を求めていたのかもしれない。
ただ、仲間や家族と呼べる人が欲しかっただけなのかもしれない。
狂気に走ったのは何時だった。
──考えるだけ無駄か──
「……複製品の状態は?」
「依然として昏睡状態ですよ。」
まぁ、無理矢理こうしているとはいえ、よくこの状態で生きていられるものだ─────
「生きている?生かされているの間違いじゃないのか?」
────そもそも、生死の判別さえ曖昧だろう?
夢を見ていようが何かを感じていようが、内での出来事でしかない。
内の自由を独りで味わっているだけだ。
実際は縛られているにも関わらず。
結局、どう足掻こうが死体と変わらん。
存在が消えない限り。
哀れな男だよ。
骨の髄まで利用されただけなんだからな。
自由を求めて飛び出した筈の外界は、実際は異様に広い箱庭でしかなかった。
本物の自由なんてありはしない。
夢の中でだけで理想としていた自由を得て、でも何処かで残る現実の記憶に惑わされるんだろう。
訳も判らないまま。
──幸せの紛い物しか味わえない──
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