Novel
□温い雨。
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降り始めこそ緩やかだったが、数分経てばそれは見事な強雨に変わった。
さながら、満杯に満たされたバケツをひっくり返しているようだ。
「……外に出たらオチが見えるな。」
マグカップを片手に、外を見やる。
屋根や窓硝子に打ち付ける喧しい雨音を聴いていると、自然と気だるくなる。
一口。
手に持っていたそれの中身を啜って、砂糖かミルクが欲しいと思った。
外に出たら見えるオチ。
言わずもがな、濡れ鼠になって後悔と同時に苛立つ事を指す。
面倒な話だ。
いい加減外を見るのも飽きて、ソファーの何時もの定位置に座る。
重みを受けてぎしりと鳴った。
そして、ふと見上げた真っ白な天井が、今の状態には酷く不釣り合いに見える。
今だけ灰色か黒になれば良いんだが……考えて呆れて、すぐ諦めた。
ここ最近は全くと言って良いほど天候が崩れなかった。
逆に言えば雲一つ無く晴れ渡っていたし、春の陽気に頭が空っぽになっていたような気がする。
しかし其れを一変させるようなそれは、如何に自身が怠けていたかのを告げてきたのだ。
苦虫を噛み潰した様な気分にもなる。
「春眠暁を覚えず、か。」
何処ぞの可愛い誰かさんが言いそうな事だ。
いや、意味を全て改変して違った形で伝えてくれる相棒も居たかな……───今頃何時もと変わらずパソコン弄りをしているだろう。
と、其処で気付いたことが一つ。
「あいつ……傘持っていったか?」
あいつ……言わずもがな、大食漢で馬鹿で詠めなくて喰えないあいつの事だ。
思い起こせば、今朝の天気は晴れ。
そして珍しく両者共に寝坊し、飯の準備も何もかもを急ピッチでやってのけた。
お互い、職業柄で天気を詠む事は出来る。
が、今日はそんな余裕はない。
まして睦まじく……は可笑しいが……ニュースを見た覚えも、ましてテレビの電源を入れた記憶もない。
そして玄関で見送った時に、あいつが傘を手にしていた覚えも全くなかった。
そして奴は雨を気にしない、別段普段と変わらないと言ってのけるに違いない。
──濡れ鼠、ってやつか──溜め息を盛大に吐くしかなく、最早言葉も無い。
結果が見えたのだ。
オチが現実になるのだ。
「取り敢えずバスタオルと着替え……を。」
一体全体、どうしてこういう時だけタイミング良く現れる。
そして足音も気配も消すんだ。
「ただいま!」
玄関前を通ろうとしたその時に鉢合わせた。
何時も通りの、憎めない笑顔で帰宅を告げる奴の声が響いた。
ただ違うのは、水も滴る良い男(勿論皮肉だ)になっていた事だった。
(あぁ、バスタオルの用意さえ出来てない)
頭を抱えたところで、どうにかなる訳でもなく。
そして時も遅くて。
呆然と立ち尽くす俺に手を伸ばしてきたのは、言うまでもなかった。
「離せえぇ!」
「ん、何で?」
俺まで濡れるからだ馬鹿野郎!!
怒号が虚しく響いただけだった。
end.