Novel
□食べたいと言ったら笑うか?
1ページ/2ページ
「なぁ、晩飯どうする。」
「……んー……」
質問の後の間延びした声が、昼過ぎのまったりした空気に溶ける。
凄く、物凄く平和だ。
とは言え、そんな健全で平和な日常は案外あれな話で。
要するに、暇すぎると無駄に物事を考えたくなくなるのだ。
事実、一人は見もしないバラエティー番組を見ながら。
俺は頭に内容も入らないのに雑誌を読みながら。
しかも同じソファーに座って。
無駄に明るい部屋で溜め息を吐いた。
今はこの明るさと爽やかさが憎たらしい。
「昨日は何だった?」
「……もう忘れたのか。」
「食うのは好きだが、一々覚えている趣味はない。」
初耳だ。
「そうなのか?」
「ああ、それなりに美味くて腹を満たしてくれるなら何でも良いからな。」
聞いて呆れた。
憎たらしさも混じって──毎回献立を考えて作っている身としては──脱力寸前だ。
確かに間違ってはないが、あまりにも適当過ぎる……否、大雑把過ぎる。
「なら、インスタントか惣菜でいいか?」
俯いて眺める先には、開いた雑誌の目に痛いカラーページではなく、フローリングの木目の模様。
端に映るのは、貧乏揺すりをする俺の足。
あまりにも無慈悲だし苦労さえ知らないような言いぐさに、少し苛立ったのもある。
つまり、そういう事だ。
俺が一々作らなくても良い訳だ──そもそも、俺だって好きで主夫紛いな事をやっている訳じゃない──楽じゃないか。
何処か無理矢理ではあるが自己完結したところで、返事が返って来ない事に気付く。
雑誌を閉じて隣を見たら、怪訝そうな顔をした奴と目が合った。
「何だ、文句でもあるのか。」
此方も不機嫌そうな顔にもなる。
軽く睨みながら問えば、間を置いて喋る奴。
「……確かに、食べられたら何でも良い。」
ああ、そう言ったな。
悪態ついでに同意してやる。
しかし、けどな、と言われてから続いた言葉に、細めていた目もガン開きになる。
「お前が作ってくれて、其れなりに美味くて腹を満たしてくれるなら何でもと言っているんだが。」
聞いて目が点に……真剣な表情でそんな事を言われても、中身は所詮飯の話だ。
驚きもするし笑い出したくもなる。
証拠に、今俺は噴き出しそうだ。
そして笑いを堪えているから震えているだろう。
「……どうした。」
「っ、いやなんで…も…ッ」
無い訳がない。
堪えていた甲斐はなく、下品にも噴き出していた。
続くのは当然笑い声だ。
「何で笑うんだ?」
「あははっ、いや……ちょっと待て……ぐッ!」
噎せた。
しかし笑われている本人には自覚がないから質が悪い。
「大丈夫か?」
「……げほっ、すま…ないなっ。」
だが優しさもあるのだ。
背中を擦る大きな手に一応の感謝をしつつ、だがやはりこいつは率直過ぎるし鈍感だと改めて思った。
(まぁ、だから憎めないのかもな。)
──そして好きなのだ──苦笑いした奴の顔を盗み見て、ふと過ぎる想いは紛れもなく本物で。
咳が治まった頃には、笑いの波も随分大人しくなった。
「もう大丈夫だ、有難う。」
「みたいだな。」
良かったと告げてくしゃりと頭を撫でられる感覚に心地好さを感じつつ、適当な物を作ろうと思う俺は甘い奴だ。
「で、決まったのか?今日の晩飯は。」
「ああ、一応な。」
見透かしたように聞いてくるものだから、曖昧な返事を……そしてついでにある誘いを。
「俺も食わせてやる予定だ。」
目を丸くしてお前から誘うのは珍しいだの何だのと言う奴に、触れるだけのキスを。
「足りないか?」
「……腹一杯だろうな。」
「食い過ぎには注意、だな。」
「ああ、あれだな。」
──胸焼けになる──今度は二人で笑う羽目に。
だが先程のような笑いではなく、何処か穏やかだ。
この状態なら、時間の流れも早く感じるだろう。
事実、明るさがうざったく感じないのだから。
end.