Novel

□Beast's eyes
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「偶に、息が詰まる気がする。」
「ん?」

───何が言いたい?
言われて気付いた、肝心の伝えたい言葉が抜け落ちている事に。

「あんたのその目だ。」

白いシーツが二人分の重さを受けて波を創り、体の熱を抵抗もなく享受していく。

「目か?」
「目だ。」

不思議そうな声色を聞きながら、愛撫を施すように、優しく目許を撫でる。
年相応の肌の質感と、これから起こる事態に少しばかり上がった体温。

擽ったいとも触れるなとも言わず、されるがまま。
抵抗と言う言葉を、行動を知らないという顔はしていない。

淡い闇の中、鈍く光る隻眼の蒼は、ただ次の行動を待っているとでも言いたげだ。

その顔、俺とよく似たその顔。
周りから言わせればドッペルゲンガーそのものらしい。
が、明らかに違う。

そもそもドッペルゲンガーではどちらかが光でどちらかが影だ───光と影を決められてはいるが───俺達は影でも光でもない。

彼は彼自身で、俺は俺自身だ。

覗き込んだ瞳の中に移る俺が何よりの証、物語っている。

そして相手もそう思っている。

なら誰に似たんだろうな。

「俺、ではない筈だ。」
「当たり前だ……お前は俺より年下。親以外に誰が居る?」

柔らかく笑うその表情の裏……若干皮肉混じりなその声は、馬鹿にしているとしか思えない。

「俺の目は、お前の目と色が違う。」
「碧だからな。」

───確かに俺とは違う。

そう言って、俺と同じ様に目許に触れてきた。
俺がしたのとは少し違う、優しく、愛おしむように。
まるで我が子をあやす親のように触れてくる。

感覚の奇妙さに瞼を伏せはしたが、穢らわしいとは思わなかった。
ただ、鬱陶しいと思った。

「……興が冷めた。」
「だろうな。」

厭らしい笑みと溜息混じりに応えてきたそれは、確信犯か。
どちらにしたって質が悪い。

確かに、親はこいつだ。
しかし良い歳した男を子供扱いするんだから、正直萎えもするし憎たらしいとも思う。

押し倒している体勢はそのままに、覆い被さるように抱き付けば、重いと文句を言いながらも抱き締め返してくる。

「しかしまぁ、実質似ていないなんて事は有り得ない。」
「けど違う。」

そうとも限らん────言われてついと肩を押し返され、渋々と体を起こそうとすれば、顎を捕まれて目を合わせられる。

「遺伝子レベルでは、違いが殆ど無い。」

覗き込まれた瞳の色に、ぞっとする。

偶に、見せるそれ。
常は隠されているそれ。

獣の目だ……純粋な殺意と力強い本能が灯った。
しかし屈強な理性の光がそれを覆い、知性をちらつかせている。

隙が見つからない、詠めない。

「それに……目は、同じくらい似ている。」

そしてそれを睨み返す俺も、同じ目だ。

体格も、顔の作りも、そして目の色も……少しずつ違いはあれど、根底の部分は似ている。
そこから如何に違う道を歩み、見解を持つかによって個性が生まれたかだ。

「所詮は同じ穴の狢さ。」
「全く同じではない。」
「だから"似ている"んだ。」

全く、屁理屈が好きなんだな。
だが、俺はどうにも納得出来ない気持ちなんだ。

「……。」
「……どうした。」
「……いや、何でもない。」

そうか───伏せられた瞼で、褐色の睫が瞳の色を隠す。

敢えて聞いてこないそれは、年上としての見栄か。
それとも確信を突かれるのが怖いからか。

口許には淡く笑みが浮かんでいる。
嘲笑のそれと捉えられるが、自嘲、ともいえそうなそれ。

納得がいかない。

「今日は無し、で良いか。」
「いや、逆に俺がお前を喰うよ。」
「……手加減無しになりそうだな。」

脚を引っかけられて腕を引かれたら、綺麗に立場が逆転する。

「昨日俺を喰ったんだ、別に良いだろう?」

三日月のように形を変えた目は、もう何時もの奴だった。




思うんだ。
もし似ているなら素直に似ていると認められるんだが、お前のその目……俺とは明らかに違う。

本質は似ているだろう。
獣のそれというだけならば。

俺が思うに、基が違う。

俺は、生存本能に忠実な獣だ。
死にたくないから、生きるために冷静であり殺め続ける。

だがあんたは明らかに死を恐れていない……寧ろ死にたがっているように見える。

何処までも冷徹。
自身の身を省みず、ただ淡々と目の前の目的だけを果たす。

獣の皮を被った機械なんじゃないかと疑う程に。

ただそれが本物の本能だというのならば、立派な獣なんだろうし。

「綺麗だよ、お前さんの目は。」
「……あんたには適わない。」

そんな純粋な目、大人が出来るもんじゃないからな───降参するように体の力を抜いた。


end.
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