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□君の冗談は本心?
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「もしも、だ。
もし俺が消えて無くなったらどうする。」
軽いような硬いような……単調で無機質としか例えようのない音が、ぴたりと止まる。
PCのキーボードを叩く指を止めたからだ。
そしてモニターと睨めっこをしていた視線を、後ろのソファーで突然おかしな事を口走る彼に移す。
声は出さずに、訝しげな表情をする事で先を促してみる。
「亡くなるんじゃない、無くなるんだ。」
言いながら笑う様は、冗談で言っているのか本気で言っているのか判らない位自然な表情。
アメリカン・ジョークよりも更にきついブラック・ジョークを言うのが得意と認識してはいるけれど、そんな時は大抵皮肉っぽく笑っている。
でもそんな顔じゃない。
「今、確かに君が此処にいるから判らないよ。」
内心穏やかではないけれど、平静そのものの碧い目を真っ直ぐ見返して、普段通りの口調で答えを差し出した。
「ふーん……」
それにたいして返事一つ……表情に変化は無し。
沈黙が、狭い部屋に降りる。
お互いに見つめ合ったままで。
特に動く気配も、まして感情的な何かを感じることもない。
機械特有の単調な動作音だけが唯一耳に入る。
一体何だっていうんだろう。
何か悪い返答でも返したかな。
「そうか。」
そう考え出した僕の思考を遮って、先にこの状況を破ったのは元凶の本人だった。
呆気にとられる。
彼から視線が外せない。
それを知ってか知らずか、それもそうだなと言って勝手に納得している。
そして話す前に弄っていたのであろう。
テーブルに置かれた部品の足りない銃に手を伸ばして、メンテナンスの為に再び動き出した。
「……一体、何なんだい?」
未だに状況把握が出来ない僕は、彼のように目の前の作業に戻らず情けなくそれを見つめるしか出来ない。
零した戯れ言にたいしてほんの少し視線を僕にくれたけど、次は手を止めずに続けた。
「いや、試しに聞いただけだ。」
黒くて禍々しいそれを器用に弄る様は、常に見る彼そのもので。
そして試しに構えて照準を合わせる動作をする目は、やはり何時も通り真剣そのものだ。
「もしかして、冗談のつもり?」
「まぁ、そうなるな。」
投げ掛けた疑問に相応しい返答じゃない気がする。
そんな君を前にしたら、もう冗談に聞こえない。
でも素っ気ないし、それ以上何も言わない。
「君は何が言いたいの。」
遂、問ってしまう。
僕の声だけが狭い部屋で盛大に響き渡った。
しかしそれだけ、これっきり。
今度は答えてくれない。
生温い空気と沈黙に耐えられない。
素知らぬ顔で銃を弄っている君に苛立ちを感じて、冷め切った珈琲を飲みきろうと愛用のマグカップに手を伸ばす。
そこでふと気付く。
沈黙の質が違う事に。
目の前を見れば、僅かに肩を震わせて俯いたスネーク。
「スネーク?どうかしたの?」
問い掛ければ、更に強まる震え。
体調でも悪いのだろうか、だからあんな滅茶苦茶な事を……そう思い始めた瞬間、
「くっ、あはは!」
腹を抱えて笑う君は、本当に四十代前の男がする顔かと疑うくらい盛大に、無邪気に笑っていた。
「はい?」
あまりの話の繋がらなさに何をどう答えたら良いのか解らない。
状況が全く掴めないし詠めない。
「やっぱりお前は俺の相棒だ。」
その上、ひとしきり笑った後そう言うもんだから余計に解らない。
スネーク、君は一体何が言いたいの。話が繋がらないよ。
僕は君の考えている事と言わんとしていることが皆目見当も付かないんだけど、どうすればいいのかな。
呆然と見つめていたら、今度は何時も通りに笑って、
「真面目なところが好きなんだよ。」
──俺には足りないところだ──優しい声色で伝えてきた。
「ただ、人の戯れ言を真面目に捉えすぎるのがあれだな。」
座っていたソファーから腰を上げて、煙草の匂いを纏った君の匂いと気配が近付く。
気付いたら、頬に添えられた手と、碧い瞳が至近距離で僕を見ていた。
「オタコン、俺はお前の目の前に居るか?」
伝わる体温は、確かに僕の傍にある。
でも真っ直ぐに見つめてくるそれは綺麗なんだけど、何故か遠い気がする。
違和感……違う、これは。
「スネーク、何を隠してるの。」
添えられた手を握り返して言えば、それまで何の変化もなかった目が揺れた。
「隠すつもりはない、ただ言うつもりはない。」
それよりも、
「俺は、俺だよな?」
「今目の前に居るのは、よく知った顔だよ。」
「そうか、そうだな。」
軽く抱擁したかと思うと、流石と言うべきか……直ぐにそれは消えて、どんな感情を表していたのか悟れなかった。
そして、以降は何時も通りの君だった。
でも……あの日を境に君が変化していくのが解ってしまった。
(隠すつもりはない、ただ言うつもりはない。)
言葉の通りだ。
急速な老いは隠しようがない、でも言う気にはならない。
相棒である僕を試すために投げかけた言葉。
不器用な君なりのオブラート。
心配症な僕を心配させないための、自分を壊さない為の冗談混じりの本心。
きっとあの時、君は自分の身体の変化に気付いていたんだろう。
なのに、冗談という形であんな事を言った。
君は強い。
自分が創られた人間である事を認めて、そうなる事も予測していたと思う。
だから、あんなに冷静だったんだろう。
だけど本当は、苦しかった筈だ。
いくら君が強靭な精神を持っていたとしても、訳の判らない変化に戸惑っていた筈だ。
スネーク、君は水臭い奴だよ。
人に優しすぎて、自分に厳しすぎる。
僕が知る限り、相棒は"君"だけで、確かに存在している。
蛇として、デイヴィッドとして。
どんなに変わろうと、何をどう足掻いても。
いや、どんなに変わってもとはいっても、変わらないそれだけがあればの話だ。
それだけが僕にとって唯一の救いで、決断させる切っ掛けになる。
───……乗り付けたヘリが、辺り一面の純潔を揺らす。
風で花弁が散って狂乱の舞を見せる中、僕の視線はただ一点に集中する。
長身の、黒いスーツを着た、空に舞うそれと同じ白髪の老人に。
「オタコン、死者が目を覚ますぞ。」
騒音の中でも凛と響く低い声。
振り向いたの碧い目は、変わらず同じだった。
「スネーク。」
それが解って、決心が付いた。
歩み寄る僕に、迷いは無かった。
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