ハロウィンパーティー
□第1話 いたずら好きの小悪魔
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リーテが会場の外に出ると、そこは派手な装飾の施された賑やかな町だった。
至る所にジャックオーランタンが飾られていたり、お化けのような仮装をした子供たちが騒がしく走り回っていたりと、まさにハロウィンといった様子だった。
中には大人も混じっていたが、本当に仮装なのかは定かではない。
もしかしたら彼等も参加者かも知れない。
「ねえ見てルイ! 装飾がとっても綺麗!」
その街並みにリーテはすっかりはしゃいでいる様子だった。
この調子だと当初の目的もすぐに忘れてしまいそうだ。
そう思ったルイは一応注意の言葉を投げかけることにした。
「それはそうだけど、急がないと他の参加者に先を越されるよ?」
「分かってるわよ! でもちょっとくらい、この雰囲気を楽しんでもいいじゃない」
返ってきたのは分かっているのかそうでないのかはっきりしない返答だった。
これはもう黙って見守るしか無いだろう。
ルイはそう判断し、それ以上言葉を投げかけるのをやめた。
「取り敢えず地図を見てこれからの目的地を把握しようか。リーテ、地図出して」
やはり進むべき道を把握しないことには何も始まらない。
そう思い、ルイがリーテに促す。
「あっ、綿飴だ! ちょっと寄って行こうよ!」
「え? あっ、ちょっと待ってよ!」
だがリーテはその言葉に耳を貸さず、一人突っ走ってしまった。
それも目的とは関係の無い寄り道の為に。
気まぐれなリーテのことだからとある程度は覚悟していたが早速悪い予感が当たってしまった。
この事態にルイは頭を抱える他無かった。
ルイが追いついた頃には既に綿飴を食べて満足そうな表情をしたリーテの姿があった。
「んーっ! 甘くて最高に美味しいっ! やっぱり来て良かった!」
そんなリーテの様子をルイは呆れた表情で見つめていた。
「いいのかい? こうしている間にも他の参加者はどんどん先に進んでるよ」
「大丈夫よ、きっと何とかなるから。それに私はそこまで優勝に拘ってないしね。どうせなら楽しまなきゃ!」
ルイは無理矢理納得することにした。
自分のご主人であるリーテは元々こういう性格だ。
気まぐれで行き当たりばったりで、いつも使い魔の自分は振り回されていた。
「さて、そろそろいいね? 今度こそ地図を見せてくれないかな」
言いかけたところで気が付いた。
リーテが既にいなくなっていた。
つい先ほどまで傍にいたはずなのに。
思わず溜息が零れる。
「はあ、やっぱりこうなるのか……」
迷子になるのは珍しいことでも無かったのでそれほど動揺はしていない。
ただ、面倒臭そうに人混みの中を探し始めるのだった。
――
リーテはお祭り騒ぎの街中で輪投げを楽しんでいた。
好奇心旺盛で幼さの残るリーテはこのような遊戯に目が無かった。
「ああ、惜しい! もうちょっとだったのにー!」
そして一度夢中になると周りが見えなくなってしまうようだった。
現に、ルイとはぐれてしまったことにまだ気が付いていない様子である。
「今度は何で遊ぼうかなー?」
リーテがきょろきょろと辺りを見渡しながら次の遊び場を物色する。
すると突然、盛大な歓声が彼女の耳に入る。
声の方に目を向けると、ある光景が飛び込んできた。
玩具の銃を持った少女が奥にある的に狙いを定め、次々と弾を撃ち込んでいく。
彼女の撃った弾は一点の狂いも無く精密に的を捉え、その全てが命中する。
そう、それは射的場だった。
少女はリーテよりも背が低く小柄だったが、何処か大人びた印象だ。
長くサラッとした黒髪に黒のワンピースを身にまとい、その華奢な細腕で銃を握る姿には儚げな美しさがあった。
その艶やかな佇まいにリーテも見とれてしまっているようだ。
「全弾命中! お嬢ちゃん中々やるねぇ!」
「あの姉ちゃんすげー!」
ギャラリーも彼女に賞賛の言葉を投げかける。
だが少女はそのような言葉など意に介さずといった様子で店主に向けて口を開く。
「どうかしら? これで景品は頂けるのよね?」
「もちろんだとも! さあ受け取ってくれ!」
少女が店主から何かを貰い受ける。
それが何なのかリーテには分からなかった。
「これでこの街は用済みね、次の場所に向かおうかしら」
そう言い立ち去ろうとする少女にリーテが声をかける。
「ねえねえ君! その景品何? 何貰ったの? それにしても射的上手だったねー!」
リーテが呼び止めると少女は立ち止まりこちらを振り返る。
改めて正面から間近で見るとその美麗な雰囲気に気後れしそうになる。
だが決していつもの調子を崩すこと無く自然に振る舞った。
「……貴女は誰?」
突然声をかけてきたリーテに対して少女は怪訝な眼差しで見据える。
その吸い込まれそうな瞳で真っ直ぐリーテの姿を捉えていた。
人と話すことに慣れていないのか、少し警戒しているように見える。
「私はリーテ、魔女だよ! 貴女は?」
魔女という言葉を聞いた時、少女の表情が少し和らいだ気がした。
少し考えた後、少女が答える。
「……ミーシャよ、私も貴女と同じ魔女」
「そうなんだ! 奇遇だね!」
やっと少女の名前が聞けたと、リーテは安心する。
どうやら少しは心を開いてくれたようだ。
「ところでさ、さっきの景品なんだけど……何を貰ったのかな?」
その言葉を発した時、また少女――ミーシャの表情が訝しげな物に戻った。
それは何処か呆れにも近いような――
「……貴女、ルールぐらい最初に確認しなさい」
「ルールって?」
リーテが不思議そうに聞き返す。
「あのパーティー会場を出る前に地図を貰ったじゃない、その裏に書いてるわ。」
言われて気が付いた。
リーテはまだ地図を開いてすらいなかったのだ。
その旨を伝えると、ミーシャは呆れてため息を吐いた。
「いいかしら? 城に向かう途中には何ヶ所かチェックポイントがあるの。そこを通るためには各場所で試練をこなして星の欠片という宝石を集める必要があるのよ。そして最初の試練は街の射的場で一定以上の得点を取ること」
一通り聞いて、リーテは納得した。
「そうだったんだ、知らなかったなー……じゃあ、ここの射的に挑戦すれば先に進めるんだね! 早速やるわよ、ルイ! ……ルイ?」
その時初めてルイがいなくなったことに気が付いた。
否、はぐれてしまったのはリーテの方である。
「ルイ?」
またしてもミーシャが不思議そうな顔でリーテを見つめながら、問いかける。
「私の大切な使い魔なの! 黒い猫なんだけど、見なかった?」
「ね、猫!?」
何故か猫という言葉にミーシャが慌てた様子を見せる。
「み、見てないわ……というか貴女、魔女の癖に使い魔とはぐれるなんて何を考えているのかしら!?」
「だ、だって……色んなお店があったから、つい夢中になって……」
「……本当に呆れるわね、貴女って子は」
ため息混じりに言葉を投げかけ、じっとりと呆れた目でリーテを見据える。
「ねえ、ミーシャ……一緒に探してくれないかな……?」
「はぁ? 何で私が――」
拒絶の意思を示していたミーシャだったが、弱々しく懇願するリーテの姿に気持ちが揺れ動いていたようだった。
少し気の毒に思ったのか、嫌々ながらも頷いて答えた。
「仕方ないわね……分かったわ、協力するわよ」
「本当!? ありがとう! ミーシャって優しいね!」
「……全く、使い魔の苦労が窺い知れるわね」
知り合って間も無くしてミーシャはリーテという人間を理解した。
恐らく今までも気まぐれな行動を取っては使い魔を振り回してきたのだろう。
そしてその想像はまさに事実であった。
「ルイー、何処ー!? お願いだから出てきてよー!」
「最後にその使い魔と話した場所は覚えているかしら?」
「えっと……確か綿飴を食べた時まではいたような……」
「ならその店に行きましょう、まだそこにいるかも知れないわ」
そう言い、ミーシャはリーテの手を取り率先して歩き出す。
突然腕を掴まれたリーテは動揺する。
「ちょ、ちょっと……一人で歩けるったら……」
「貴女がはぐれたりでもしたら溜まったものじゃないもの。それに私としてもこんな厄介事さっさと済ませて先に進みたいのよ」
「それは、本当に悪いと思ってるけど……」
まるで子供扱いされているようでリーテは不服だった。
しかも、ミーシャはどう見ても自分より年下だ。
そんな相手にリードされているということが気恥ずかしかった。
「……そろそろ着くわ、見付かるといいのだけど……」
「あっ、リーテ! 良かった、やっと見付けた!」
歩いていると、突然背後から声が聞こえる。
その声に、二人はほぼ同時に振り返る。
「ルイ!」
「ひぃっ!?」
リーテは歓喜の表情を浮かべ、ルイを抱き寄せる。
そして何故かミーシャはルイを見るなり怯えたように後ずさる。
「ルイー、会いたかったよー!」
「……全く君って人は……」
その澄んだ瞳に涙を浮かべながら頬ずりするリーテと、呆れながらもされるがままにそれを受け入れるルイ。
その様子をミーシャは遠くから伺っていた。
「……どうしたのミーシャ?」
急に離れたミーシャを不思議に思ったリーテが尋ねる。
「な、何でもないわ……それよりも良かったわね、見付かって。それじゃあ、私はもう行くから」
そう言い、ミーシャは背を向けその場を後にする。
「ねえリーテ、あの子は誰?」
「ミーシャよ、ついさっき知り合ったの! ルイを探すのを一緒に手伝ってくれたとっても優しい子! 綺麗だし、射的もすっごく上手なんだよ!」
「へえ、随分とお世話になっちゃって。お礼をしなくっちゃね」
そう言うと、ルイは歩き去るミーシャの前に躍り出る。
「先程はどうもありがとう、リーテがお世話になったようで……」
「いやぁ、近寄らないでっ!……ってきゃあ!?」
ルイが声をかけた途端、何故かミーシャが取り乱した。
そして咄嗟に後ずさりしようとしたところ、慌てていたせいか足を滑らせ転んでしまう。
それを見たリーテが心配そうに駆け寄る。
「え!? ちょっと、大丈夫!?」
「平気よ……それよりも、その使い魔を私に近付けないで頂戴……」
その言葉を聞いた時、リーテは察した。
ミーシャの不自然な反応の理由を。
「ミーシャって……もしかして、猫が苦手?」
「……」
ミーシャはあくまでも無言である。
だが、その反応はもはや肯定と等しいものだった。
「プッ、アハハハハハ!!」
「な、何よっ!」
思わずリーテが吹き出す。
その様子にミーシャが不機嫌そうな顔を浮かべる。
「完璧そうに見えて意外な弱点があったんだね!」
「……もういい、貴女なんて知らないわ。今度こそ、私は行くから」
すっかり機嫌を悪くしたミーシャがリーテに背を向け立ち去ろうとする。
少し調子に乗りすぎたかと、リーテはばつが悪そうに頬を掻く。
だが次の瞬間、状況が一変する。
「あー! 星の欠片見っけー!」
それは子供の声。
その声にリーテ、ミーシャ、ルイが一斉に振り向く。
そこには琥珀の輝きを帯びた宝石を掲げる小さな悪魔の姿があった。
「あれは私の……! さっき転んだ時に落としたんだわ、私としたことが……!」
「えぇっ!?」
悪魔の少年がそう言い放つと、それを聞いた子供が次々と集まってくる。
その少年は自慢げに手に持った宝石――星の欠片を見せびらかす。
集まった子供は全員が悪魔のようだった。
頭には角、背中にはコウモリのような黒い翼が生えているのが特徴的だ。
「ミーシャ、早く返して貰わないと!」
「だ、駄目よ……私が自分から初対面の子供に話しかけるなんて……しかも、あんな大勢に!」
どうやら人見知りらしい。
それも、重度の。
しかしリーテもある程度は予想できていた。
「それにこの辺りの小悪魔はみんないたずら好きなのよ、そう簡単に返して貰えるとは思えないわ」
「じゃあ、私が行く! ルイも一緒にね!」
「そうだね、ミーシャにはお世話になったし、そのお礼も兼ねてね」
「ありがとう、お願いするわ……でも、気を付けてね」
ミーシャに見守られながら、リーテとルイが子供たちに近付く。
「ねえ、君たちちょっといいかな……?」
リーテが優しく声をかけると子供たちが一斉に振り向いた。
「お姉さん誰ー?」
と、一人の少年悪魔が尋ねる。
「私はリーテ! そしてこっちの黒猫が使い魔のルイだよ! ところでその星の欠片なんだけどね、さっき落としちゃったみたいなの、ごめんね! だから返してくれるかな……?」
「えー!?」
「証拠はあんのかよー!」
「僕が拾ったんだぞー!」
子供たちは文句を口にし、一切聞く耳を持たない。
「そんなこと言わずにお願い! ね!」
「僕からもお願いするよ、それが無いと困るんだ」
子供たちの目線に合わせるように腰を低くし、手を合わせながら懇願するリーテ。
その様子を見た子供たちがいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「えー? どうしよっかなー?」
「お願いだからぁ……」
子供たちの態度に、リーテは次第に弱気になっていく。
それが面白かったのか、子供たちが笑い出した。
そして突然、リーテの背中に衝撃が走る。
「うわぁ!?」
「リーテ!?」
リーテは訳も分からないままその場に転げ落ちる。
「アハハハハ! 転んでやんのー!」
「面白ーい!」
「みんな逃げろー!」
「返して欲しかったらここまでおいでー!」
どうやらいつの間にかリーテの背後に回っていた子供に突き飛ばされたらしい。
逃げ出した子供を見ると、リーテは慌てて立ち上がる。
「こらー! 待ちなさーい!」
怒ったリーテが叫びながら追いかける。
するとミーシャが心配そうにリーテに呼びかけた。
「リーテ!」
「ミーシャはここで待ってて! 必ず取り返して来るから! 行くよルイ!」
「うん!」
やがて、リーテはミーシャの位置からは見えなくなるほど遠くへ行ってしまった。
「大丈夫かしら……」
心配するミーシャを余所に、リーテと子供たちの追いかけっこが始まった。