リストラ怪奇譚

□第1話 路地裏楽団〜Restra Ensemble
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オレは田中 ヒロシ。
今、下水道にいる。
何故こんなところにいるのかというと、これには深い理由がある。
まあ聞いてくれ。
そう、あれは・・・悲しい、思い出だ・・・。
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オレはいつものように会社に向かった。
何も変わらない日常だった。
まさかあんな悲劇が起こるとは、この時オレは思いもしなかった。
「お〜い田中君、紅茶を入れてくれ〜。」
部長の声だ。
部長がオレを呼んでいる。
紅茶を入れて欲しいらしいな。
全く、ムカつく。
あいつは河辺 高典、オレの部長だ。
部下をこき使うのが好きらしく、周囲からは嫌われている。
大体、あいつは頭が禿げてる癖に偉そうなんだよ。
少し、思い知らせてやろうか。
オレは決心した。
「お〜い、早くしろ〜。」
うぜぇ。
オレは紅茶を入れた。
但し、タバスコ入りで。
田中「只今お持ちしました、川辺部長。」
河辺「遅いよ〜全く、役立たずなんだからねぇ〜田中は。」
田中「(・・・イラッ)」
河辺「んじゃ、遠慮無く頂くとするよ。
君はもういいよ、仕事に戻って。」
・・・さて、どうなるか楽しみだ。
河辺「笹野君、ちょっとおいで。」
笹野「・・・何でしょうか?」
・・・早く飲め。
河辺「この原稿どうなってんのさ?」
笹野「・・・どこか、気に入らない点でも?」
河辺「全部だよ。」
笹野「・・・。」
河辺「内容も僕好みじゃないし、たまにある誤字が凄くウザいしさぁ。
   そうだねぇ・・・僕は前から君が気に入らなかったんだよ。
   存在全てがね・・・でもそれだけじゃ解雇する理由としては不十分だった。」
笹野「・・・はぁ。」
河辺「それだよ!!その清ました態度が大嫌いだったんだ!!
   君は部長である僕をナメているのかぁい??」
笹野「貴方よりも私の方が仕事が出来るのですから仕方ないでしょう。
私は社長様に仕えているのです、貴方など元より眼中にありません。」
河辺「仕事の出来る人間は誤字などしないだろ?」
笹野「・・・まだ分からないのですか?貴方は相当無能なのですね。
   皮肉ですよ、全てね。」
河辺「なっ!!!許さん!!私をどこまで愚弄する気だ!!!
君は解雇だ!!もう2度とその清ましたツラぁ見せんな!!!」
笹野「貴方は私を解雇できない・・・それをすれば、貴方は後悔することになりますよ。」
河辺「早く帰れ!!解雇だっつってんだろ!!!」
笹野「・・・私は忠告しましたよ、私を失って損するのは貴方の方です、川辺部長。」
田中「(・・・。)」
どうなってやがる?
笹野が解雇?
あの、笹野が?
河辺の野郎、正気か?
河辺「全く・・・この私を愚弄するとは、恥を知れ!」
河辺の手が、紅茶に伸びた!
遂に、飲む・・・!
ゴクゴク・・・
河辺「!!!!
うぁあああああああ!!!何だコレはぁぁああああああ!!!!」
・・・ざまぁ。
河辺「おい田中!!!これはどういうことなんだ!!
   紅茶に何を入れた!!?げほげほ、水!水をくれ・・・!!」
浦部「部長、水です。」
河辺「おお気が利くじゃないか浦部課長。」
ゴクゴク・・・
河辺「プハァ!田中、一体何を入れたんだ!!」
田中「タバスコですが?」
河辺「なっ!!君は一体何を考えているんだ!!!」
田中「だって部長、辛いの好きじゃないですか。」
河辺「紅茶にタバスコを入れる奴があるか!!
しかもどれだけの量を入れたんだ!!」
田中「・・・次は気をつけます。」
河辺「君に次など無い!君はこの場で解雇だ!!」
・・・一瞬、何を言われたのか分からなかった。
思考が停止した。
田中「え、あ・・え、ええぇ!!?か、かか、か・・・解雇!?」
河辺「そうだ!もう2度と来るな!!」
・・・オレは会社を出た。
「・・・解雇されたようですね。
やはり、私の思った通りでしたか。」
田中「!?・・・笹野!どうしてここに?」
笹野「私は見ていました、貴方が部長の紅茶にタバスコを入れる所を。
   あれは絶対に解雇されると思ったので、待っていました。」
こいつは笹野 幹哉、オレの同僚だ。
田中「だったら何故止めなかったんだ・・・。」
笹野「あの男は紅茶にタバスコを入れられて当然の人間でした。
   だから止めませんでした、悪いのは全てあの男です。」
そういうことか・・・。
田中「・・・どうしよう、これから・・・。」
笹野「いい所があります、付いてきてください。」
田中「いい所・・・?」
取りあえず付いていくことにした。
それしか今のオレには当てがなかった。

笹野「・・・ここです。」
田中「何だ?」
そこは路地裏だった。
そこには人が沢山いた。
そこには段ボールで出来た家やテントなどが置いてあった。
「歓迎する、同志よ。」
田中「!?」
リーダーらしき男が話しかけてきた。
男「私の名は滋賀野 洋介。
 ここ、路地裏同盟の隊長だ。
以後よろしく願いたい。」
田中「ああ、こちらこそよろしく・・・。
ところで、ここは一体・・・?」
笹野「簡単に説明すると、解雇などで職を失った者達の集まりです。
中には家が無くてここにいる者もいます。
この場所の目的は同じ悲しみを知るもの同士、互いに慰め合うことです。」
滋賀野「その通り、だから独りで悩む必要はないんだ。
   お前は独りじゃないんだから、私達は、仲間だ・・・!」
田中「あ、ああ・・・。」
滋賀野「それと、我々に対して敬語など使わずに普通に接してもらって構わない。
では、仲間を紹介しようか・・・。」
しばらくして、全員が揃った。
根森「オレの名は根森 跳剣、弟の不注意で家を焼失して全財産を失った。
  そしてオレが公園のブランコに悲痛な顔で揺られていた所を隊長に拾われたんだ。」
田中「いや銀行に貯金しろよ、何で一文無しになるんだよ。」
根森「オレ、口座番号分かんなくてさぁ・・・。
  両親は火に巻き込まれて死んぢまって、誰も金を卸せねぇんだよ・・・。」
田中「どんだけ不幸なんだよ、ていうかお前何歳?」
根森「19だ。」
田中「若いな・・・。」
滋賀野「因みに彼は路地裏同盟の副隊長だ。」
田中「えぇ!?こんなに若いのに!?」
根森「ああ、オレはこう見えても剣道習っててよぉ。
   驚くほど強ぇんだぜ?」
田中「なるほど。」
滋賀野「それでは次いこうか。
悠徒、お前の番だ。」
枯鐘「あ、ああ・・・オレは枯鐘 悠徒。
   生まれた時に母が死に、父は事故死した。
   そしてオレは孤児院で育てられた。
だが、結局仕事に就くことは出来なかった。
   親もいないオレはここに辿りついたんだ。」
田中「まとも、だな。」
根森「オレはまともじゃないってのかよ?」
田中「だって、普通ありえないだろ・・・。」
根森「まあ、な。」
滋賀野「・・・続けるぞ、次は戒規だ。」
堀部「オレは堀部 戒規、中学の頃からよく警察に補導されていた。
   そしてオレは何度も少年院に行ったんだ。
   オレが高校に進学できるはずもなく、中卒で仕事に就いた。
   だが、仕事に馴染めず何度も解雇されたんだ。
   そして、この場所に来た。」
田中「・・・みんな悲惨だな、オレがここにいてもいいのかってくらいに。」
根森「気にすんなよ、お前はずっとここにいていいぜ?」
田中「いや、ずっとは・・・。」
滋賀野「まあそうだろうな、別れの時も来るだろう。
その時は、我々が誠意を込めて送り出してやろう!
それでは最後、修紀!」
菊崎「ああ、オレの名は菊崎 修紀。
   詐欺師に騙されて一文無しになり、そしてここへ来たんだ。」
田中「最後の奴めっちゃ単純!」
滋賀野「それでは次に新人、自己紹介を。」
田中「ああ、オレは田中 ヒロシ。
   部長の紅茶にタバスコを入れたら解雇された。
で、ここにいる笹野に連れられてここに来たんだ。」
根森「バカじゃねぇか、何やってんだよ。」
田中「それだけムカつく奴なんだよ!」
笹野「私は笹野 幹哉です。
部長に一方的な理由で解雇されたので
共に解雇された田中さんに力を貸そうと、ここに来ました。
私は仕事が見つかり次第ここを出るのでそう長くはいないつもりです。」
田中「えぇ!?いてくれよぉ笹野ぉ!」
笹野「そうしたいのは山々ですが、私には私の事情があるのです。」
滋賀野「お前には、仲間がいるだろ?心配しなくても大丈夫だ!」
根森「そうだぜ?頑張ろうや、お互いさ。」
田中「・・・ああ、そうだな!」
笹野「この調子なら、私がいなくても大丈夫そうですね。」
滋賀野「それでは、自己紹介を終えた所で、移動しようか。」
田中「・・・?どこに?」
滋賀野「・・・下水道、だよ。」

田中「凄い、下水道なのに臭いがしない!」
根森「ファブリーズしてるからな。」
田中「なるほど・・・ところで、これから一体何を?」
滋賀野「お前たち新人は初めてだから、そこにいてくれて構わない。」
笹野「楽器がありますね・・・。」
滋賀野「それでは路地裏楽団のみんな!今日も盛大に演奏しようではないか!!」
一同「オオォ〜!!!」
田中「演奏、するのか・・・。」
〜♪〜〜♪〜〜〜♪♪♪〜〜〜〜
それは悲しくも、どこか勇敢な・・・そんな旋律だった。
そう、この時からオレの・・・新しい生活が始まったんだ。
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あれから1ヶ月、オレも笹野も未だに仕事が見つからなかった。
オレはともかく、笹野までとは意外だった。
そしてオレは今、下水道で演奏に加わっていた。
笹野は指揮者をやっていた。
なんと路地裏楽団は今まで指揮者無しでやっていたらしい。
・・・オレはもう分かっている。
このままではいけないということくらい。
早く仕事を見つけなければ・・・。
といっても、もう絶望的だというのは承知だ。
この不況の中で仕事を見つけるのはそう容易いことではない。
要は金さえ稼げればいい。
オレは解雇された。
その悲しみを今更になって実感したようだった。
悲しい・・・悲しい・・・。
もう仕事に就くことはできない・・・。
もう、終わったんだ・・・何もかも。
だが、このまま終わるくらいなら何か手を打とう。
その結果何が待っていたとしても・・・それは運命だ。
・・・受け入れる覚悟は、出来ている。
戦いを始めよう・・・人生を懸けた、戦いを・・・!
−続く−

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