桜色舞う頃

□閑話
2ページ/4ページ




君が新選組の仮隊士として住む事になった数日後の晩。

僕が人知れず君の部屋を訪れたなんて知らないだろうね。土方さん達にはああ言ったけど、少なからず僕も君を疑っていた。

見た事もない服と理解しがたい登場を実際自分の目で見ていたけど、君が長州の間者じゃないとは言い切れなかった。

確かに君は超常現象で僕の腕に落ちてきた。でも、君が落ちてきたその前…。

その前、何処にいたかなんて誰にも分からなかったから。

君が言う元の世界…紋章術というものがある世界ではなく、長州から落ちてきたと少なからず思っていたんだ。




君は長州に組した「異世界人」じゃないかって、ね。



そんな心配は杞憂に終わったけど。



君ってバカみたいに一生懸命で、あんまり頭が良くないんだって、出会って二日目で分かったよ。

その癖、どこか鋭くて家事全般は有能。隠し事は…まあまあだったかな?

でも挙動不審に目を彷徨わせていたら、嘘をつく意味なんてないと思う。

数日間、君を見ていたけど外とつなぎをする気配は一切なかった。


だから、人の目の行き届かない夜。自分の部屋でその特殊能力を駆使し、連絡でもしているんじゃないかと思ったんだ。

僕は近藤さんの刀として新選組にいる。だから、新選組にあだなすなら斬るつもりだった。




既に君の部屋は灯を落とし薄暗かった。月明かりだけを頼りに君に近づいたけど、君は男の集団にいるとは思えないほど無防備に熟睡していたっけ。

少なからず身構えていた僕は脱力し、君に恨み事でも言おうかと君を見下ろしていた。


その時、君の目尻にうっすらと浮かぶ涙を見つけ息をのんだ。


普段あんなに無邪気に笑ったり怒ったりしていた君の涙。

白い肌を伝い、流れ落ちるそれを目にした瞬間、僕は君を疑っていた事を恥じた。

心細くない筈などないのに、悲しいとか苦しいとか思わない筈ないのに。僕は勝手に「哀」という感情がないとか、僕たちを騙すために演じているとかそんな事を思っていた。


次から次へと流れる涙を掬いながら、僕は君に小さく「ごめん…」って謝った。


今の君には言えないけどね。そんな事を言ったら、顔を真っ青にして怯えたり大袈裟に驚いたりしそうだ。


…あ、それもそれで面白そうだな。今度試してみよう。



まあ、君は一人、夢の中。どんな夢を見ているのか僕には想像できなかった。

ただ、時折唇が動き、要領を得ない寝言だけ君の部屋に溶けていった。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ