桜色舞う頃
□閑話
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「ごめんなさい」「おいていかないで」「けさないで」
そんな言葉ばかりのなか、唇は動いているのに言葉にならない単語をしきりに口にしていた。
小さな唇の動きから人の名前だろうと予測をつける。
外国の人の名前のようなものだとは思うけど、それがどんな言葉なのか僕にはわからなかった。
その動きを見せた時にだけ、君の目尻から涙がこぼれ落ちていた。
掬っても掬っても流れ落ちる涙は、真っ白の枕に吸い込まれていく。
「おいていかなで」「きみはひとりじゃないから」
君はずっと何かに縋るような言葉ばかりを口にする。それを止めさせたくて、僕は君にそっと囁いた。
「何処にも行かないから、安心して寝てなよ」
僕の言葉が夢の中の君に届いたのか分からなかった。でも、君はふっと笑うとさっきまでの涙を止め、安らかな眠りについた。
深く眠った事を見届け、僕も自分の部屋に戻ったけど、君は最後まで僕の存在に気付かなかった。
鋭いようで鈍いなんて、実に君らしいけどね。
一体、君は何を背負い、何に縋っているのか僕には分からない。
知ろうとも思わない。
けれど、君にはあの笑顔が良く似合うから、僕は君をからかう。
そうすれば、君は怒ったり笑ったり呆れたりコロコロ表情を変えてくるでしょ。
せめて太陽がでている時には、君が涙を流さないよう僕が君に笑顔を届けてあげるよ。
君にはいつも笑顔でいて欲しいからね。
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