桜色舞う頃
□閑話
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泣かないで
君にはいつも笑顔でいてほしいんだ
あれはいつだったか。今となっては遠い過去のように思える。
いつものように夜の巡察に出ていた僕は、不審な動きをする浪士と遭遇した。
折しも、斉藤君と合流手前だった事もあり一番組と三番組の手だれが揃っていた。
不運なその浪士たちは呆気なく事切れ、僕は一瞬で終りを告げた死闘に不満を隠しきれなかった。
尊王を掲げる浪士たちが「天誅」という名目で人斬りをしている事実を知る僕としては、その人斬りと一戦交えたかったからだ。
血だまりの上で死んでいる男たちは、巷を騒がせている人斬りとは全くの別物だったらしい。
逃げようとした奴らを一人残らず斬り殺しても、一向に気が晴れなかったのは呆気ないほど一瞬だったからだろう。
月明かりも差さない薄暗い通りは、斬り殺した男たちの血の匂いだけ。
そんな『いつもと同じ』仕事に、いつもと同じく淡々と処理をしていく。
そんな『いつもと同じ日』が、その日は『いつもと違う日』になるなんて思いもしなかった。
君はそんな血の匂いだけがする闇の中、光の粒子を纏い僕の腕の中に落ちてきた。
見た事もない着物に、見た事もない痣。全身を血に染め、青白い顔は温もりを失う寸前。
息苦しいのか口から零れた息が荒々しかった。
正直、めんどくさいモノが落ちてきたと思った。
それでもその服装や痣に少なからず興味を覚えたのも事実。
まあ、斉藤君に言われなかったら、あのまま君を置いて来ていたと思う。
ただでさえ、幕府から迷惑な命令を受けていたから、これ以上迷惑なものはいらなかった。
いらなかった筈なんだよ…。
でも、うっすらと瞼を開けた君が、綺麗な微笑みを浮かべたのを見たら、そんな気持ちは直ぐに吹き飛んでしまった。
嬉しそうに愛しそうに笑った君の幸福な微笑みに、死なせたくないって思った。
今なら、その判断に間違いはなかったって思う。君は見ていて飽きないからね。
嬉しそうに笑ったり、全身で怒りを顕わにしたり、本気で呆れたり。
くるくると変わるその表情と、どんな些細な事でも敏感に反応するのを見ちゃったら更にいじり倒したくなるじゃない。
でも、君は一度だって、悲しい顔や泣き顔は見せなかった。
いつも笑っているか怒っているか呆れているか…そんな顔ばかり。
君には喜怒哀楽の「哀」が欠けてるんじゃないかって思っていたんだ。
そんな事、ある筈ないのにね…。
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