桜色舞う頃
□第六話
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……ドスッ
「はぁ…はぁ……―――――…はぁー…っ」
夜の静寂に苦しげな吐息が零れる。
山南と沖田に連れられ広間に足を踏み入れた【冬姫】は、膝と手を床につけ何とか身体を支えながら治まらない動悸を鎮めるように深呼吸を繰り返した。
ドクドクと嫌な音が鼓膜を震わせ、自分の鼓動しか耳に入ってこない。
何度か深呼吸を繰り返し、【彼女】はゆったりとした動作で身を起こした。
「…雲月君、大丈夫ですか?」
「君、顔色悪いけど大丈夫なの?」
それにいち早く声をかけたのは、【彼女】の隣に居た沖田と山南だった。
彼らは跪いている【冬姫】の傍に近寄り、隣で様子を窺う。項垂れているため髪で顔は見えない。
沖田はそっと彼女の肩に触れ、覗きこむように頭を傾けた。
項垂れたまま一向に動かないためだった。
「…冬姫…ちゃん?」
窺うような問いかけに、【彼女】の眉がピクリと動く。
「【わたし】に触れるな、下郎!」
―……パァン…ッ!
「冬姫!何してやがんだ、お前は」
「お、おい。冬姫!なにしてんだよ!」
「そうだぜ!早く総司に謝んなきゃ斬り殺さ…」
「……黙れ……」
自身の肩に置かれた沖田の手を叩き落とし、周囲の声に底冷えしそうなほど低い声で黙らせると彼女はゆっくりと立ちあがった。
ゆらり、と僅かに身体が動く。
ゆっくりと頭を持ち上げた【冬姫】は、厳しい目で縄に巻かれ転がされている白髪の隊士を見据えていた。
「……痴れ者どもが。月の紛い物風情が、【わたし】の前に現れるなど不快極まりない」
普段感情豊かな高めの声。それが平坦で低いものに変わっている。
沖田は叩かれた手に触れ、彼女の横顔を見上げた。
「…きん、いろ?」
彼女は典型的な日本人の色彩の持ち主だったはずだ。
けっして眼が小判のように金色などではない。
良く見れば、額にある紋章も淡い光を放ち存在を主張していた。
普段布で隠されている紋章に目を細め、【なにか】に思い至った沖田は彼女の横顔を観察する。
(…なるほどね。これが彼女の言っていた【紋章の意思】か…)
居候する前、幹部たちが集められた時に説明された『意思のある紋章』。
あまり触れてほしくなかったのか、彼女は言葉を濁していた。
自分も訳のわからないモノを好んで聞く事もないと、その話はそれで終わっていた事を思い出す。
( あの時、もう少し聞いておけばよかったかなぁ)
紋章の意思とやらが表に出てくるなど知っていれば、こんなにこの場が凍る事も皆が動揺する事もなかったはずだ。
ちらりと隣の山南を見ると、彼も沖田と同じ事を思ったのか思案顔で彼女の背中を見つめていた。