破月抄
 あの冬。

 十七歳の誕生日をひかえた、高校2年生の冬。

 氷雨の降る渡り廊下で。

 わたしは、運命を、選んだ。


「泣かないで、神子。ひとつだけ、方法がある」
 白き龍神が示す、滑らかな喉に光る薄片。
 真珠色の光がこぼれる、力の具現  白龍の逆鱗。
「生きて、神子」                 「私が血路を開く」
                          黄金の影を帯びた漆黒の外套の背が遠ざかる。
  「かまわない…私は平気だ、神子」       「生き延びろ」
   蜉蝣のように儚く夕闇に透けていく少年の。
  「ほんのすこしでも、貴女の役に立てたなら…私は黄泉返って良かった」    「お願いだ」
                                      縋る腕が、痛いほどに強く。
 割れた眼鏡の硝子が青白い頬に赤い筋を引いた。             「一緒に逃げよう」
「良かった。あなたが、無事で…」
                       「軽蔑してくれていい。他に方法はなかった」
                        薄香の双眸に映した燃える海を罪の劫火に揺らして。
 「泣くなよ」                「こうするしかなかったんです」
  燃える赤い髪が炎の奥でゆっくりと倒れる。
 「お前さえ、生きていれば、それでいい」

       真っ直ぐな太刀が折れて鈍い破片を撒き散らした。
      「望美!」

「どうして俺たち、こうなっちまったんだろうな」
 真紅の背中。
 振り返らない。まるで知らない男のように。


 あの冬を。

 氷雨の降る渡り廊下を何度も何度も繰り返す。

 炎が、闇が、運命を冒してゆくのを。

 泣きながら、巡る。


「泣かないで、神子。ひとつだけ、方法がある」
 白き龍神は、わたしの手に握られた薄片をそっと包み、告げた。
 あの日を、あの運命を上書きする、すべてを救える方法を。

    そしてそれが、わたしの最後の冬になった。
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