遥かなる時空の中で
□Everywhere
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軽快な旋律が、ジャケットの右ポケットで震えた。青信号がチカチカと点滅するのを見ながら、彼は足を止めて携帯電話を耳に当てた。
「はい」
彼は口元を綻ばせた。
はっと惹かれたように、行き交う人の内の幾人かが振り返る。若い女性ばかりだが、当人に気にした様子はない。
「ええ、あと20分ほどで着きます」
左手には花束。セロファンから零れ落ちるのはオレンジのガーベラと黄色のミニバラで、若葉色のリボンでまとめられている。その腕には更に細長いワインバッグが下がっていた。
信号が赤になり、入れ違いに青に変わった車道に一斉に車が流れ出す。排気ガスの風圧に、彼の明るい色の髪がふわりと横に靡いた。
「他に必要なものがあれば………、もしもし、望美さん?」
聞こえる声にノイズが混じり、彼は長い睫毛を瞬かせる。聞き取ろうと耳を澄ましたその時、
―――ファン!
目の前を過ぎて右折した車が鳴らしたクラクションが、スピーカーからも同時に飛び出した。
「!」
驚きに軽く目を見開き、彼は携帯を耳に当てたまま、対岸に目を凝らした。
少々近視気味とはいえ、長年戦場で鍛えた目だ。群集の中に引っ込
み損ねた朝焼け色の頭を見つけて、軽い溜息をつく。
通話口に寄せたくちびるが、甘い微笑みで囁いた。
「いけない人ですね。家に居るはずじゃなかったんですか?」
横断歩道の信号が青になる。一斉に歩き出す人の流れに合わせて、彼は足早に道路を渡った。
反響するノイズ。
目の前までやってきた彼を、自分の携帯で顔を半分隠しながら、望美は悪戯っぽく舌を出した。
「待ちきれなくて、迎えに来ちゃいました。ダメでしたか?」
「まさか」
肩を竦めて、電話を切る。使い慣れて手に馴染んだ携帯はジャケットのポケットに滑らせて、代わりに望美の手を取った。
「どこにいても君の声が聞けるのは嬉しいけれど、やはり可愛い君の姿を見ながらが一番ですから」
「もう……」
望美は照れながら、繋いだ手の指を絡める。甘えるように彼の肩に頬を寄せた。
Everywhere
あなたといればいつも幸せ
2011.5.5 Shiger
u.H